「ど、どうしようアルム…?」
店内の様子を見て、アルムは息をのんだ。
騒ぎに気づいた時には、既に店内が二人の強盗に制圧された後だった。
アルムは音が立たないように注意しながら扉をそっと閉じ、取り乱すノヴァを諭すように言った。
「僕たちには気づいていないみたいだ。裏から逃げて助けを呼んでこよう」
こんな小さな村でも自警団くらいは存在する。
付近の民家に助けを求めれば、間もなく訓練を積んだ魔法使いが助けに来るはずである。
自分たちが何もできないことにアルムは歯がゆさを覚えるが、今はそれしか手はなかった。
震えているノヴァを後ろに、アルムは裏口へ向かった。
外は風と雨が激しさを増し、稲光が走るたびに大気を引き裂く音が走る。
賊の侵入や中の騒動に周囲が気づかないのも当然だといえる。
しかしこれは逆に、外の音が中に聞こえることもない、逃げるのには都合がよかった。
「……よし、行こう」
ノヴァと頷き合うと戸をそっと開き、アルムから外へ出た。
――その時だった。
ぬっと伸びてきた手が扉から顔を半分出したアルムの胸倉をつかんだ。
とっさに対応する間もなく、力任せに彼の体が外へ放り投げられる。
「わぷっ!……」
泥水のたまった水溜りに勢いのまま突っ込む。
「アルム! …うわっ!?」
思わず身を乗り出したノヴァも手をとられ、無理やり外に引っ張り出された。
転がりながら暴風の中に投げ出される。
うつぶせに倒れたところでノヴァの頭が上から地面に押し付けられた。
「おやおや、ボクたち。どこへ行こうとしてるのかなぁ〜?」
(もう一人いたのか!)
ノヴァは自分を地面に押し付けている手の間から男を見上げた。
もう片方の手にはナイフを握り、下品に笑う男が自分を見下ろしていた。
「親分の言う通り。裏口も見張っといて正解だったぜ」
「ごほっ…ごほっ…」
先に投げ飛ばされたアルムが泥水にまみれながら立ち上がる。
男は顔をそちらへ向け、ナイフを持つ手を振りかぶった。
背を向けたままのアルムはナイフが投じられようとしていることに気づいていなかった。
「危ない!」
とっさにノヴァは顔をひねり、男の指に噛み付いた。
「痛てえっ!? こ、このガキ!!!」
思わぬ反撃に男の手からナイフが落ちた。
しかし、男は空手になった拳を握り締め、ノヴァめがけて振り下ろした。鈍い音が響く。
「ノヴァ!」
「は、早くっ! 逃げてアルム!」
飛び掛ってノヴァを助けたい衝動を必死に押さえつけ、助けを呼ぼうとアルムは走り出す。
「させるかよ!」
男が殴る手を止め、アルムの方へとかざす。
「臨死の溺舞!」
男の掌から魔力が飛び、アルムに向かう。
「なっ……!?」
途端に走るアルムの息が苦しくなる。
降り注ぐ雨水が重力に逆らって動き、アルムの顔を中心に集いだす。
たちまち雨水は水球となって彼の頭をすっぽり包み込んでしまった。
息ができず、たまらずアルムは膝を突く。
空気を求めてもがく。水をかき出そうとしてもかき出す傍から周囲の水を取り込み、水球は元に戻る。
この豪雨で使役する水は溢れかえっている。水の一族にとってまさに理想の状況だった。
陸上で溺れる異常な事態にアルムもパニックに陥っていた。
溺死寸前でもがくアルムの姿は、魔法の名を体現するように踊っているようにも見えた。
「アルム!」
「ヒャハハハハ! 俺様の魔法はどうだ坊主!」
アルムの口からわずかな空気が漏れ、体を痙攣させながら倒れた。
「あ、ああ……」
「何だもう死んじまったのか。もっと苦しんだ様子を見たかったぜ」
楽しんでいる男の声がノヴァの神経を逆撫でする。
「よくも……」
感情が昂る。拳を硬く握り締めた。
「よくもアルムを……」
もっと自分に力があればと、自分の無力さにノヴァは歯噛みした。
「んじゃ、お次はお前だな」
男は先ほど取り落としたナイフを拾い上げた。
「さぁて、切り刻もうか溺れさせようか……」
怒りに体が熱くなる。雨に打たれているのが気にならないくらいに。
一撃で良い。この男を吹き飛ばす力が欲しいとノヴァは願った。
握る拳に体全体から溢れる熱が集結してゆく。
稲妻が閃く。その瞬間、ノヴァの中で一つのイメージが形になった。
男が刃先を下に向けた。
「てめえの目ん玉、抉り出してやる!」
男がナイフを構え、ノヴァを見下ろす。
睨み上げていたノヴァと男の視線がぶつかった。
「な、何だお前……?」
男がノヴァの顔を見て一瞬ひるんだ。
「うわああああ!!!」
ノヴァが吼えた。感情が爆発したその瞬間、掌に凝縮した力が炸裂した。
「がっ……て、てめえ…な…に…しやが…った……」
正体不明の力に貫かれ、男は体を痙攣させて倒れた。
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