「今帰ったぞ」
「お帰りなさい、お父さん」
腰に剣を携えた父、エイガーは帰ってくるなり娘を抱きしめた。
「おお〜、わが愛娘。さびしかったぞ〜!」
「お父さん……お昼に会いましたよ」
いつものことなので拒絶するわけにもいかず、セレナは苦笑して目で母に助けを求めた。
「まあ、私には何もしてくれないの?あ・な・た」
「おっとこれはすまん。我が愛妻に挨拶しないとは一生の不覚!」
「まあ、あなたったら〜!」
毎日のことながら繰り広げられる中年のバカップル劇場。街ではこの家の代名詞ともなっていた。
「あ、エイガー父さんだ。おかえりー!」
奥で遊んでいた子供のひとりがそんなやり取りからエイガーの帰宅を知った。
「おかえりなさい!」
「おかえり〜、エイガーお父さん!」
次々と奥から子供たちが出てくる。
エイガーは10人あまりのその子供たちの前に座り、一人一人森で拾ったどんぐりをお土産に手渡した。
ここはエイガーの家であると同時に孤児院でもある。
この地方は大陸のはずれの方にあるため、王都にも遠く、あまり交易が盛んではない。
そのため、貧富の差も激しく、生活苦から子供を手放す親も少なくなかった。
エイガーとその妻、レイナは古びた教会を改修し、孤児院を造ると、次々と子供たちを引き取った。
親のぬくもりを知らない子供たちに家族を与えていたのだ。
「あれ、ラグナ兄ちゃんは?」
子供たちの中から昼にエイガーと一緒に出て行ったもう一人がいないことに気付く。
「ああ、あいつは修行がてら森に捨ててきた」
子供たちがどっと笑う。もうこのやり取りも慣れたものだった。
「あらあら……」
「ハッハッハ、そのうち帰ってくるから飯でも食べていよう」
「「「ハーイ!」」」
「ちょっと待てこらー!!!」
家が揺れるほどの勢いでドアを蹴破り、剣を持った少年(念の為に言っておくが強盗ではない)が飛び込んできた。
「ほーら、帰ってきた」
「……何が『ほーら帰ってきた』だ!」
ボロボロの身なりで少年は叫んだ。一見しただけでは貧民街の荒くれ者である。
一応この男が『主人公』のラグナ=ファルサーガである。
「実の息子を召喚獣に食わせた挙句に谷底に突き落としやがって……今日と言う今日は死ぬかと思ったぞ!」
エイガーの話を冗談半分に聞いていた子供たちもラグナの現状に凍り付いていた。
「ラグナ、一つだけお前に言っておく」
「……何だよ、虐待親父」
「ドアは足で開けるな」
「て……てめぇ……」
剣を握る両手に力がこもる。
「てめぇじゃない、愛するパパと言え」
「死んでも言うか!」
もちろんわかってエイガーはからかっていた。ラグナの反応が面白いのだ。
「表出ろ!」
「よーし、夕食前の運動と行くか」
そんないつものやり取りを見てラグナの双子の妹、セレナは深いため息をついた。
そして、いつもの様に手当ての準備をするため自分の部屋へと向かったのだった。

「うおりゃー!」
ガキィィィン!
ラグナのパワーの乗った一振りがエイガーの鞘に受け止められる。
目にも留まらぬスピードでラグナは斬撃を繰り出すがことごとく彼の剣は受け止められるか受け流されていた。
ムキになってラグナはさらにスピードを上げて剣を振る。
だが、エイガーは片手だけで打ち払った。そのもう片手では鼻をほじる余裕すらあった。
それどころか最初の位置から彼は全く動いていない上に剣すら抜いていない。
「このクソ親父ー!」
「ふんっ」
エイガーはその指に付いたモノを軽くはじく。
「うげっ!きったねぇ!」
「隙あり」
「おっと!」
エイガーの振り下ろした鞘をラグナは左手で受け止める。
「甘い」
ドスッ!
「うっ……」
腹部に走る鈍い痛み。エイガーの蹴りが見事にめり込んでいた。
パカーン!
「ぐぇっ!」
体勢を崩したところに再び振り下ろしたエイガーの鞘がラグナの頭頂部に直撃した。
情けない声を上げてラグナが地面に突っ伏す。
「まだまだ青いな」
「くっそー……」
「はいはーい、そこまで」
もう一度飛び掛ろうとしたラグナを母の手を打つ音が止めた。
「セレナ、手当てをお願い」
「はい」
家の中から杖を持ったセレナが出てきた。
ふてくされて座り込むラグナの傍らにしゃがむと傷口に杖を当て、セレナは静かに詠唱を始めた。
「大地に住まう大いなる精霊たちよ……傷つきし彼の者を癒したまえ。治癒リカバリィ!」
セレナの杖からラグナの傷口に暖かな光が注ぎ込まれる。
光が収まったとき、傷口は跡形もなく消えていた。
「もう……こんな怪我してお父さんに立ち向かうなんて無茶よ」
「あーっ、悔しい!結局親父から一本も取れなかった!」
大の字になって地面に寝転がる。
兄だというのにジタバタとするその様はまるで子供である。
「いよいよ明日だってのに……」
翌日はラグナが待ちに待った日。勇者養成施設『サーガアカデミー』の入学試験があるのだ。
一度は失われた左腕を眺める。肘にはあの日の傷の跡が生々しく残っていた。
10年前、モンスターに襲われた自分を助けてもらって以来、彼は『勇者』に強い憧れを持つようになった。 
助けてくれた人が勇者かどうかはわからない。だがあの時、あの人は間違いなく彼自身には尊敬すべき『勇者』だったのだ。
「ハッハッハ、まだまだ俺は現役だ。勇者志望のヒヨッコに負けるか!」
明らかに尊敬とはかけ離れた子煩悩(自分以外)で超愛妻家の親父、エイガーが高らかに笑った。
「さ、もうご飯にするわよ」
レイナの一声で子供たちも家に戻る。
セレナに支えられてラグナも立ち上がった。
「さぁて、我が愛妻と愛娘が腕を振るった食事をいただくとするか……ん?」
意気揚々と家に戻ろうとするエイガー、だが、その裾をレイナは握って止めた。
「あなた……修行とは聞いていましたが『召喚獣に食べさせた』ってどういうことかしら?」
柔和な笑顔からゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうなほどの殺気が発せられた。
「いや……あれは修行の一環として、対モンスター戦を……」
「お黙りなさい」
抑揚のない一言。春なのに氷点下のような空気が走った。
先ほどまで余裕綽々だったエイガーも子猫のようにおとなしくなっている。
「ゆっっっっくりとお話を聞かせてもらおうかしら、納屋で。ラグナ、セレナ、先に食べててね」
「「…………はい」」
もはや二人には止める事は不可能だった。
ずるずるとエイガーを引きずり、レイナは納屋へと消えていった。
「……家に入るか」
「……そうね」
その後、食卓は終始にぎやかだったが、皆何かを気にしないように不自然なほどに振舞っているようだった。

「……気をつけていくんだぞ」
翌日、何故かやつれた顔でエイガーは二人を見送った。
二人も子供たちも何も聞かない。父の後ろで微笑む母が何故か怖かったからである。
「セレナァァァ!父さんは寂しいぞ」
「もう、お父さんたら。今生の別れって訳じゃないんですから」
アカデミーにはセレナも志願していた。
サーガアカデミーは勇者だけの養成学校ではない。
武道、魔法などあらゆる学問を学ぶことができた。セレナはプリースト見習いとして入学を志望する。
そして、もう一つの理由でラグナとは一緒に行かなくてはならないのである。
「ラグナ、選別だ。こいつを持っていけ」
エイガーは一振りの剣をラグナに渡す。
「……こいつは?」
「先祖からの品だ」
確かに古びた鞘はかなり年季の入った物だった。
「げっ……良いのかよ。そんな大事な物」
「ああ、その代わり、必ず合格して来い」
どのみち、今までの剣は稽古や何やらで刃こぼれも酷く、使い物にならない。ありがたく剣を受け取ることにした。
真の剣は持ち主を選ぶというが、代々の血のためだろうか。柄を握ると、不思議と手に吸い付くように感じた。
「ありがとな、親父」
「ああ、行って来い」
「体に気をつけるのよ」
レイナもセレナに今まで使っていた樫の杖の代わりに自分の杖を渡す。
先端にクリスタルが埋め込まれている立派な杖だった。
「私のお古で悪いんだけど……」
「そんなことありません。ありがとう……お母さん」
嬉しそうにセレナは杖を抱きしめる。
「それじゃあ、行ってくる」
セレナも顔を上げて言った。
「行ってきます」
子供たちと両親に見送られ、二人はアカデミーへの第一歩を踏み出すのだった。




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