地が震えるような重厚な音を響かせてアカデミーの巨大な門が開く。
集まった受験生は皆、緊張した面持ちで一斉に中へと歩き出した。
多種多様な人種・ジョブがひしめく受験生は100人を超え、ラグナとセレナの姿もその中にあった。
案内板に従って無言で歩を進めているうちにやがて、開けた場所に出た。どうやらここが最終地点らしい。
と、パンパンと手を打つ音が受験生たちの目を上に向けさせた。
「みなさん、こんにちは」
紺のローブをまとった細面の青年が学舎のテラスに姿を現した。
ラグナたちを見下ろして青年は爽やかに微笑んだ。
「私はローラント=トルドライン。このアカデミーで教鞭をとっています……今年も多くの志望者がいるようですね。嬉しい限りです」
丁寧に頭を下げる。教師という割にはその外見は年齢がラグナたちとそれほど変わっていないように見えた。
「では、早速ですがこれから皆さんには試験を受けて頂きます」
場の空気がより一層重くなる。受験生たちが息を呑む。
「試験は、ある場所で行って頂きます。そこでの試練に最後まで残った者に入学の資格が与えられます」
それだけを告げると、ローラントはゆっくりと手をラグナ達へとかざした。
「えっ!?」
ローラントの手が淡く輝き、地面が呼応するように光を放つ。光の線が何本も伸び、繋がりあって紋章を描く。
あっという間に100余人の受験生がすっぽり入る大魔方陣が完成する。
「な……何だ!?」
「では、皆さんの健闘を期待していますね。頑張ってください」
「この魔法――!」
セレナが気づくが早いかローラントが発動の言葉を叫ぶ。
「――――転移トランスポート!!!」
魔方陣が強く輝き、紫色の光がラグナたちを包み込む。
「うわあーっ!!!」
「きゃあーっ!!!」
悲鳴すら光にかき消される。広場から全ての人影は一瞬で消えていた。

「うわっ!」
いきなりラグナは空中に放り出され、草むらに落ちた。
「痛たた……どこだここ?」
周囲を見渡すが見覚えのない景色が広がる。
どうやら森の中らしく、故郷の森に似ているが木の種類が少し違っていた。
頭上を舞う鳥も知らない種類。かなりの辺境のようだ。
「セレナ?」
妹の名を呼ぶが返事がない。どうやら別々に転移されたらしい。
ラグナは先ほどローラントと名乗った青年を思い出す。
あの人数を一度に、しかも自分の知らない土地に転移させたのだ、柔らかな外見とは裏腹に凄まじい魔力の持ち主だ。桁違いのレベルにさすがにゾッとする。
その反面、そんな人間ばかりの環境で学べると思うと笑みがこぼれた。
と、その時、茂みから音がした――――反射的にラグナは思考を切り替える。
剣を抜き、警戒しながら茂みにゆっくりと近づく。
親父に鍛えられたお陰で正体不明の敵でも比較的頭は冷静だ。
何が来るかわからないので、すぐに対応できる距離をしっかりとっておく。
「っ!!!」
茂みの隙間から赤く揺れるものが見えた瞬間、反射的に横へ飛んだ。
同時にラグナのいた位置を通り抜け、火球が木に着弾して燃え上がった。
一瞬でも遅れていたらタダでは済まないところだ。
火球で焼けた茂みを押し分けて「それ」は現れる。
赤く光る一対の瞳、豹のようにしなやかな黒い体。炎のように一直線に流れる体毛。可燃性のある息は呼吸のたびに火を吐いている。
火獣族に属するその魔物は一般人の遭遇致死率は高い。
実際、魔法の使えない自分と戦うにも決して分の良い相手ではない。
魔獣はその赤い瞳にラグナをとらえると、白い牙をむき出しにして顎を開く。
喉の奥では火球がメラメラと燃え上がっている。
「やばいっ!」
火球を吐き出すその一瞬の隙を突いてとっさにラグナは森の奥へと飛び込む。
茂みで自分の姿を見失ったのを好機に、ラグナは一気に走り出した。

一方その頃、セレナは白い世界の中に佇んでいた。
濃い霧が視界を閉ざしており、自分がどんな場所にいるのかは、ほとんどわかっていない。
足元に泉か湖らしきものが広がっているのがわかるだけで他は2メートル先も見えない状態。辛うじて手元や足元が見える程度だ。
セレナのジョブは補助、回復を常とするために戦闘用というわけではない。
一刻も早くラグナと合流しなくてはいけないのだが、この霧では下手に動くことができない。
せめて受験生の誰かに会えないものかと、セレナは水辺に沿って歩くことにした。
白い闇に紛れて獣の遠吠えが聞こえる。
ラグナは無事だろうか。そんなことを考えた途端、唐突に世界が反転した。
強烈に体が下に引っ張られる。右足に絡み付いた何かがもの凄い力で引っ張っている。
息も苦しい。自分が水の中に引きずり込まれたことにようやく気づいた。
(……息が――――)
体に残されたわずかな酸素を吐くわけにはいかない。
左手で口を押さえ、右手の杖を強く握る。
セレナはジョブの性質上、攻撃魔法を主とする黒魔法は得意ではない。
しかし自然界の精霊の力を借りる『精霊魔法』は例外だ。こればかりは術者の精神と精霊の相性が大きく作用する。
セレナの場合は、殊のほか精霊との相性は良くその中でも特に相性の良いものは――――水の精霊。
(力を貸して……!)
先端に取り付けられているクリスタルが光を放ち、杖を介して水の精霊の力が発現する。
魔力はセレナを中心に形を成し、水流が起きる。
それは徐々に激しさを増し、遂には渦を作り、泉全体にまで広がる規模の大渦となった。
術者であるセレナも水流の中で、凄まじい水圧に必死に耐える。
水中でこんな魔法を使うのは無茶ともいえるが彼女にとってこれは一か八かの賭けだった。
と、セレナの足の戒めが奔流に耐え切れずにバラバラに引き裂かれる。
その時を見逃さず、拘束から脱出すると水流を操り、浮上する。
既に息は限界だった。泉の上ではいつの間にか霧が晴れ、陽光が差し込んでいるのが見える。
(あと少し……!)
残り数メートル。光をその手に握るかのごとく彼女は手を伸ばす。
しかし、突然がくんと体が急ブレーキをかけた。
(そんな……まだ!?)
先ほどバラバラになった触手と同様のものがセレナの体に巻きついていた。
伸ばした手が空しく水中をかく。再び体が水底へ引きずり込まれる。
腹部への締めつけで肺の空気が押し出される。それが引き金となったのか、眩暈にも似た脱力感とともに気が遠くなる。
視界が暗転していく中、ふと、誰かが手を掴んだ。そんな気がした……





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