――――何が起きたのかわからなかった。
ただ、その瞬間に今まで当たり前に存在していた感覚がもうそこにはない。
紅い尾を引いて舞い上がる「それ」は見上げる俺の顔に、体にその深紅の飛沫を散らす。
全てがスローモーションに見えた。
ショックで時が止まったようにも感じたかもしれない。
漠然とした喪失感は「それ」が草の上に落ちた音で一気に現実味を帯びる。
左腕に走る猛烈な激痛で俺は我に返った。

――――ヒダリウデガ――――ナイ

理解した途端に言い様のない喪失感と絶望感と嘔吐感のごっちゃに混ざったような感覚に包まれる。
焼け付くような痛み。押さえている右手に生暖かい物がかかる。抑えた腕が不自然に短かった。
あまりの痛みに悲鳴を上げる事さえできない。
目の前が真っ赤に染まる。それは流れる血なのかただの幻覚なのかも既に判断がつかない。

イタイ……イタイイタイイタイイタイ!!!

頭の中がぐるぐる回るような錯覚。言葉が断片的に現れて思考が回る。

何でこうなった?

守ろうとした……

……何を?

大切な……を…

……何で?

襲われた……

……何に?

モンスターに…

……誰が?

俺の…………イ…モ……ウト……

途切れそうな意識の中でモンスターが口を開いたのが見える。
もう……ダ…メ…だ……
体中の力が抜けて目の前が暗くなる。
マモ……リ…キレナ……カッタ
と、俺の頭を今まさに噛み砕こうとしたモンスターの頭が突然止まる。
その巨体がぐらりと揺れて倒れた。
誰かが俺の傍に立つ。逆行で顔が見えないが俺の頭の中には『勇者』と言う言葉が浮かんだ。
だがそれ以降、俺の意識はぷっつりと途切れた。




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