PART 3


「き…木々原……なんでここに?」

戦慄が走る。絶体絶命だ。

幸いにも後ろ向きなのでめぐみからは死角で赤ん坊は見えなかった。

「ただの買い物よ。翔は?」

「まあ…散歩だ」

「ふ〜ん」

どうやら騙せそうである。心の底から痛切にこのまま立ち去って欲しいと翔は願った。

「めぐみさ〜ん…」

先ほど翔に殴られた頭をさすりながら大地がめぐみに駆け寄った。

「わっ!おっきいタンコブ!……翔、弟イジメるのよしなさいよ」

「いや、それはこのガキが――――っっっ!」

慌てて口篭もる。

危うく墓穴を掘るところだった。

「何?」

「うわわわわ!!」

前に回り込んで来ためぐみの視界に入れないよう、背中に赤ん坊を回した。

「何隠してるの?」

「いや…何も」

「何で後ろに手、回してるのよ?」

「急に腰が痛み出してな」

心臓が高鳴る。ここでバレたらこのミスマッチな姿を笑われて一巻の終わりである。

冷や汗がどっと出る。

赤ん坊を抱えている背中の部分が特に湿る。

いや、むしろ濡れると言った方が正しいか。

生温かいものが背を伝って流れ落ち――

「ん?」

何かがおかしい。

あまりにも水分の量が多いのだ。

水道の蛇口を軽くひねったくらいの量が流れる汗などいくら汗腺が全開でも有り得ない。

手にまで滴って来て、ようやく翔は事態に気付いた。

「のわーっ!汚ねえーっ!」

見事なまでの大洪水。そう――――漏らしていた。

「大地!替えのオムツ……って、しまったー!」

時既に遅し、ばっちりめぐみに見られていた。

「翔……」

「や……やめろ!そんな蔑んだ眼で俺を見るなー!」

「か…可愛いー!」

「……へ?」

オムツを替え終わった大地から赤ん坊を奪うとめぐみは力一杯抱きしめた。

「ねえ、どうしたのこの子?翔の子供?」

「んな訳あるか!」

「じゃあ誘拐?」

「するか!」

「細胞分裂?」

「何故!?」

「翔って単細胞だから」

「終いにゃ怒るぞこのアマ!」

「アハハ…ごめんごめん」

ヘッドロックをかけられる寸前でめぐみは抜け出して距離を取った。

「ったく、お前が言うと冗談に聞こえねえよ」

「そりゃそうよ、本気で言ったもの」

「おい!」

「冗談よ」

「ハァ……」

『今日は厄日か…?』心の中で翔は呟いた。

「いいな〜、楽しそう」

「どこが!」

実際、傍から見ればかなり面白い光景だと思われる。

「で?どうしたの?」

めぐみが話を戻した。

「親の友達の子だよ」

「二人で子守りを任されたんだ」

「「押し付けられた」の間違いじゃないか?」

「ふ〜ん…でもこの子、可愛いから良かったじゃない」

「どーだか……そいつのお陰で酷い目にあったんだぞ」

「兄ちゃんも酷い事したけどね」

「やかましい!」

ポカッ!

「痛い……」

「も〜、すぐ殴るんだから」

「ア〜ウ〜〜!」

「わ、よしよし……」

騒がしかったのか、赤ん坊がまた愚図り出した。

泣かさないようにめぐみがあやす。

「マ〜マぁ……」

「えっ!?」

「へ〜、この子めぐみさんの事『お母さん』だって」

赤ん坊は次に翔を見た。

「ん、何だ?」

「バ〜カァ……」

「くおらー!」

「ところで翔」

「何だ?」

急にめぐみがマジな顔で翔と向かい合う。

「背中……濡れたままよ」

「どわぁーーっ!!!」



「ったく……やっと終わったな」

「そうだね」

あの後、やっと母親がやって来て長い戦いが終わった。

しかし、めぐみのお陰で負担が軽くなったのは意外な救いだった。

「しかしあのガキ……ろくな大人にならねえぞ。馬鹿馬鹿言いやがって」

「そうだね」

「もう子守りはゴメンだな」

「そうだね」

「…………」

大地の様子がおかしかった。

「大地、何怒ってるんだ?」

「別に、怒ってなんかないよ」

酷く事務的な反応での返答。明かに機嫌が悪い。

「ああ……」

先ほどのことを思い出して納得する。

「悪いな、流れとは言え殴っちまって」

「……そんなんじゃないよ」

「は?じゃあ何だよ?」

「別に……ただ、兄ちゃんめぐみさんと話してばっかりだったじゃん」

「そりゃそうだろ、幼馴染だし歳だって同じなんだし」

「僕だって話したかったんだよ…ちょっとくらい時間くれても良いじゃんか……」

「は?お前何言って……」

その瞬間、翔にはピンと来た。

意外なことに気付いて思わず笑みが漏れる。

「お前…もしかして木々原の事……」

「――――――っっっ!!!」

大地の顔が一気に赤くなる。

「マジか!?へ〜、驚いたな。まさか木々原とは……そうかそうか、もう恋もする歳になったんだな。兄として嬉しいぞ」

「〜〜〜っっ!!」

グシャッ!!!

「ぐわっ!い…いきなり何を……」

いきなり足を思いきり踏まれて翔はうずくまった。

「う…う…うるさーい!」

ドスッ…

「ぐはぁ……」

体勢を低くした拍子に大地のパンチが鳩尾に入った。

「あ……あの野郎、照れ隠しとはいえここまでやるか……」

真っ赤になって走り去る大地の背中をクラクラする視界で見送りながら翔は塀に手をついた。

「取り敢えず今は……生きて家に帰ろう……ぐえぇ〜〜〜……」

結局クリティカルヒットのダメージが抜ける七時ごろまで、翔はその場から動けなかった。







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