No.2

 黒銀の毛並みの狼がアレクの元に近づいてきたのは、家にだいぶ近づいた頃だった。ふさふさの、硬そうな見た目を裏切るほどやわらかな毛並みの狼は、今や頭の位置がアレクの肩ほどというぐらいの巨狼へと成長していた。

「――あれ? 黒覩。今日は白抖と一緒じゃないの?」

 寄ってきた狼の背を撫でながら、周りを見渡して彼女は話しかけた。そして遠くの森の方に白い影を見つけ、ふっと微笑んで手を振る。

「おーい、白抖ぉー!」

 その声に気がついたのか、白い影がこちらへ向かい走ってくる。しなやかな動きは思った以上に華麗で、思わずほぅ……と溜め息が出る。

 もっとも、そんな事をした途端に黒覩に唸られてしまうが。

『この時間にお帰りか。珍しき事よ』

 近くにまで来た白抖の『声』が頭に響くと、アレクはニッコリと笑った。遠くから見れば白かった毛並みも、近くで見れば銀の光を反射させている白銀と分かる。

 だが、優しい声色の白抖の『声』を聞けたのは嬉しいが、内容が内容だったために、少しだけむっとした。

「別に、いつも遅いのは昼寝してるからなんだけど?」

 明らかにむっとしたと分かるアレクの言い方に、狼達は顔を見合わせ、低く喉で笑った。それを見て、アレクは諦めともつかない溜め息を吐いた。

 この狼達は銀の色彩の入っている色彩(いろ)を持っているためか、人の言葉はもちろん、様々な動物たちの言葉をも解する力をもっていた。そして巫力や魔力といったものを持っているために、黒覩は「魔獣」、白抖は「聖獣」と呼ばれるようになった。

 だが、この二匹――または二人か? ――の持つ力が、何ら変わりのない全く同じモノだということを、アレクは知っていた。

「――あ、ねぇ、お前達は知っていた? 隣の村がまた魔獣に襲われたこと」

 唐突だったその言葉に、二匹は再び顔を見合わせ、やがて黒覩が頷いた。

『東の方と北の方の村だろう。北は遠いからな。とりあえず様子見に行かしてある』

『東の村は、今朝方から私が様子を見に行っていた』

「……被害は?」

 その言葉に白抖がクイッと顎を背の方に動かした。乗れ、という指示だが、アレクは考える。

 ――こういう時は、聞くより直接見た方が良いって……白抖の意思も分かるけど……。

 悩みに悩んだ末――結局、彼女は……己の目で見る方を、選び取った。

 白抖の背に乗り、黒覩同様、ふわふわな白銀の毛に顔をうずめ、彼女は考える。

 もしかしたら、魔獣がこの村に近づかないのは、この二匹が怖いからではないのだろうか、と。

 彼女は、考える。





 ――少女よ 草木の覆い茂る彼の森を抜け

 彼方まで広がるような草原を駈け 清らかに流るる彼の川を越えて

 辿り着いた その場所で

 ねぇ 知っているのかしら 全ての歯車が

 廻り出す その場所を……





 ――歌が、聞こえた。

 綺麗な、澄んだ声で……誰かが歌っていた。





 あれは、誰? 泣いているのは――

 ……だぁれ?





 やがて見えてきた、微かに記憶に残る景色とは全く違う、ひどい焼け野原のその場所が目に入ってきて……思わず、声を失う。



 ――歌が、聞こえました

 悲しい――歌が……



『――主!?』

 ――ドサッ

 初めて聞く黒覩の、焦ったような、慌てたような『声』を最後に、アレクは気を失い――白抖の背から滑り落ちた。



 ――光が、満ちる。



 唐突にアレクから光が迸り、眩いほどの光が辺りを覆った。

 光が収まった時、そこにアレクは居らず、変わりに一人の少女が立っていた。



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