No.8
馬で駆ければ首都まで約一〇日ほどの道程を、アレクを乗せた白抖は三日で移動した。そのため、ルシファーの遺体を運んでいる神官達はまだ首都には着いていなかった。
「ありがとう、白抖。やっぱり馬より早いね」
『あれらは長距離を走る為の訓練をされていない。我等とは違う』
我等とは黒覩と自分の事だろう。白抖は常に黒覩と自分を同じ存在だと見なしているようだった。
アレクは白抖を従えたまま首都の門を通る事は出来ず、夜の闇に紛れて門の付近まで来て入る手立てを考えている所だ。神官達は六日後には着いてしまうだろう。それよりも先に、何としてでも入らなければ。
黒覩からの連絡は今だ無い。黒覩が戻ってくるまで首都には入らない、と白抖は言った。黒覩は首都へ入れるようにする為に、別行動を取ったのだが――
【――待たせた】
不意に黒覩の声が聞こえ、アレクは顔を上げた。人の姿になったままの黒覩が、目の前に立っている。
――相変わらず背が高いなぁ。
アレクはふとそう思い、黒覩をじぃっと見上げていた。
人の姿を見られる事に慣れていない黒覩が、困惑したように白抖の側へと向かった。
【白抖――何故か主が私をずっと見ているのだが……】
『戻ってくるのが遅かった故に、お怒りになられたのだろう』
つんっと白抖は鼻を逸らし、そう言った。
【は……白抖……?】
『一日二日で合流すると言ったのは誰だったか』
【…………す、すまない】
黒覩は白抖に目線を合わせるように膝をついて白抖の顔を覗き込んだ。が、白抖はそれでも顔を合わせようとはしない。
「……相変わらず白抖に弱いんだね、黒覩」
呆れてアレクがそう言うと、黒覩は困ったように頭を掻いた。
【そんなつもりはないんだが……白抖に嫌われたり怒られたりするのは精神ダメージが大きい】
『そうか、それは良い事を聞いた』
白抖はそう言うと、黒覩と同じように人の姿へとなった。
アレクはその姿に違和感を感じて首を傾げた。
何時もの姿とは違い、こうふっくらとしているような――
「お、女の人っ!?」
叫びに近いアレクの声で、白抖はしまった、という顔になった。黒覩はその白抖を後ろから抱きしめている。
白抖は黒覩を自分から剥がすと、慌てたように言い訳を始めた。
『これはその、仕方が無い事なのだ。黒覩は常に男性型故に、対を成さねばならぬ我はどうしても女性型を取らねばならぬ。人の姿を取る時は常に正反対の――』
【白抖は私の妻だから、人の姿になった時には必ず女性型になる】
白抖の言い訳を無視して黒覩はそうはっきりと言った。その瞬間白抖に肘打ちを食らい、鳩尾を押さえて呻く羽目になったが。
白抖は怒ったように黒覩を見下ろした。こめかみに筋が見えるのは気のせいではないだろう。
『我は汝の妻になった覚えはない。それ以上詰まらん事を言うのならば覚悟は出来ているな?』
【わ――悪かった。すまない、いや、ごめんなさい。だから許してくれ】
狼の姿ならきっと耳がぺたんと倒れてるんだろうなぁ、と思いながらアレクが二人を見ていると、黒覩が思い出したように一枚の紙を差し出してきた。見ると、それは特別許可証だった。
王都へ入る為には通行手形という物が必要なのだが、この許可証がそれ代わりになるので手形は必要なくなる。しかも特別許可証――これさえ持っていれば、巨狼の姿の白抖達を連れたままでも王都へ入る事が許される。
アレクが一番望んでいた物を、黒覩は手に入れて来たのだった。
「こ、これ、どうやって手に入れたの!?」
驚いて声を上げると、黒覩は唇に指を当てて微笑した。
【それは聞かぬが華というもの。気にせず使えば良い】
『……最早どのような手段を用いて手に入れたかなど、聞く価値も無いだろう』
その言葉に、黒覩は白抖の御機嫌を伺うようにその顔を覗き込んだ。それに気づいた白抖は、仕方無さそうに黒覩を見る。そして軽く笑った。
『何時までも我の機嫌を伺うのは止せ。汝が今更何をしようとも、我は驚かぬ』
【う――うん……】
ほっとしたように息を吐くと、黒覩はアレクを見た。彼女は、覚悟を決めたようだった。
「お金が足りなかったら、まだ売る物はあるし、何とかなるよね。宿とって服買って、お母さんの遺体が来る前にお父さんも捜さなきゃいけないし」
白抖が見る。
『行かれるか』
「うん、行こう――」
アレクは前を向いてこくんと頷いた。
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