「で、どうなんだ和斗?」 夕飯が終わり、親父がにやけて俺に言う。 「何が」 「朝美だよ朝美。可愛いだろ、俺の最高傑作だよあの子は」 まるで俺が失敗作みたいな言い方をするな ちなみに当の朝美は風呂に行っていて今この場に居ない。 「あの子がこっちに来てから一週間、妹とは仲良くやってるか?」 「別に…」 親父の言葉にここ一週間の朝美の行動を思い返す。 「…………うぐっ…」 俺に抱きついて来た記憶しか思い出せず、恥ずかしくなって顔をそらした。 「仲良くやってないのか?」 そんな俺を不審に思ったのか、親父が身を乗り出す。 「16年ぶりで何の問題も無いと思うか?」 ついでに言えば俺はあいつの存在自体知らなかったのだ。 「そうか…束の間の一家団欒を楽しめたと思ったんだがな……」 「仕方ないだろ……え?」 今なんて言った?束の間?『楽しめた』何で過去形!? 「実はな…」 「――――――な、何だよそれ!」 俺は思いっきり身を乗り出して抗議した。 親父の話は余りにも急だった。 北海道の叔父さんの容態が思いの他良くないらしい。 叔母さん一人では介護も難しく、そこで朝美を呼び戻すと言うものだった。 しかも出発日は今からたった二日後だった。 「身勝手にも程があるだろ!」 「叔父さんたちの恩を仇で返す訳にはいかないだろ。向こうだって朝美は家族なんだ」 「それにしたって……」 「お前だって朝美がいる事で調子が狂ってるんじゃないのか?」 図星だった。あまりに核心を突かれたので何も言い返せない。 「な?こっちでギクシャクして居心地悪くさせるよりも向こうで今まで通りに生活した方があの子の為にも良いんだ」 「……勝手にしろ!」 もう訳がわからない。俺の調子を狂わせて迷惑している妹を今は猛烈に庇っている。 モヤモヤと胸の中で何かが渦巻いてもうどうしたら良いかわからない。 いたたまれなくなった俺は乱暴に立ち上がるとそのまま部屋に閉じ篭ってしまった。 そして、遂に別れの日が来た。 空港は利用客でごった返し、アナウンスや人の話し声が五月蝿いほど聞こえてきた。 「それじゃ、そろそろ時間だから」 朝美がその体躯には不釣合いな大きめのスーツケースを持って立ちあがった。 「短い間だったけどありがとう、楽しかった」 深々と礼をする。 「もうちょっと…一緒にいたかったけど、ごめんなさい」 「いいのよ、向こうの叔父さんたちによろしくね」 涙ぐむ朝美を母さんは優しく抱き締めた。 「また来るから、それじゃあね、お父さん、お母さん。それと……」 朝美は最後に俺の方を見た。 二日間、全く話す機会が無かったので未だに俺たちはギクシャクしたままだった。 「……またね、お兄ちゃん」 それでも朝美は精一杯の笑顔を見せて別れの言葉を口にした。 『また』その日がいつ来るのかなんて多分相当先の話だ。 叔父さんの病気は相当重く、介護には並大抵でない苦労があるらしい、とても一人でこっちに来る余裕なんてほとんど出来ないはずだ。 今度来る時は多分俺は高校を卒業しているはずだ。 事実上、俺たち家族が揃って暮らすのはこの一週間だけだった。 俺たちは手を振って朝美を送る。 妹は涙を見せないよう決してこちらを振り向かなかった。 「なあ、親父」 その姿が人の中に消えて、ようやく俺は言葉を発した。 「どうにかしてこっちに残せなかったのか?」 「無理だな」 「どうしてだよ、もともとうちの子だろ」 「育ててくれたのは向こうだからな」 大きく溜息をつく。 「どうした?」 「思えば小さな人間だったなって。こんなことになるんだったらもっと甘えさせてやれば良かったな…」 「抱き着いて来たりしても文句言わないか?」 「ああ」 「普段ベッタリでも文句言わないか?」 「ああ、あいつの好きなようにさせてやるよ」 「その言葉忘れるなよ」 「……はぁ?」 ふと、後ろに気配を感じた。 もしかしてと思い振り向くとそこには歓喜に満ちた女の子の笑顔。 「…朝美?」 「お兄ちゃん……今言ったの本当?」 「へ?」 「嬉しい!」 ガバッ! 「わーっ!」 今までとは違い、思いっきり胸に飛び込まれた。 「朝美…は、はなれ…」 ハッ、と気付いた。 抱き着いても文句を言わないといったばかりだ。 親父も母さんも俺たちを微笑ましく見ている。 「と、ところで朝美」 俺は話を振ると言う別の手段で朝美を引き離した。 「お前、飛行機は?」 「乗ってないよ」 それは当たり前だ。 「いや、そうじゃなくて…北海道行かなくて良いのか?」 「ふっふっふ…」 親父が不適に笑う。 「実はな、和斗。全て嘘だ」 「はぁっ!?」 「お前たち兄妹の仲を取り持ってやるための嘘だ」 「も〜、和斗ったらせっかく会えた妹に冷たいんだもの。少し荒療治が必要かと思って」 母さんも微笑を浮かべる。 「その目論みは見事成功。二人は仲睦まじくなり、めでたしめでたし…というわけだな」 夫婦揃って爆笑する。か…完璧にハメられた。 「良かったわね、朝美。これでようやく真の兄妹よ」 「うん、手伝ってくれてありがとう」 「お……お前が黒幕かーっ!」 「ごめんなさい…」 俺が怒ると、朝美はしゅんとなって謝った。 「だって……16年間、ずっと寂しかったんだから」 「あ…」 そうだ、朝美は俺と違って親父も母さんもいないで育ったんだ。 全く会えなかったこの16年間、どれほどの寂しさがあったか、その辛さは想像がつかない。 「ったく……」 手を震わしながら躊躇いがちに俺は朝美の手を取った。 朝美も戸惑って俺を見上げた。 「まだ普通にとはいかないけど……今度こそよろしくな、朝美」 「う…うん!」 ぽろぽろと、朝美の目から本当の涙が流れた。 俺はそんな妹の頭を優しく撫でた。 どぎまぎしてまだ手が震えていたのが格好つかなかった。 「でもさあ……」 俺も朝美もだいぶ落ちついた頃、ふと思った事を聞いてみた。 「よくこんな芝居の為に空港にまで来たよな」 「ん?まあついでがあったからな」 その不信な言葉を俺も朝美も聞き逃さなかった。 「ついで……?」 「ついでって何、お父さん?」 猛烈に嫌な予感がした。 俺も朝美も神妙な面持ちで親父の次の言葉を待った。 いや、って言うかやめてくれ、むしろ聞きたくない。 「実はお前達には……」 ―――――終―――― |
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