PART1


六人があの公園で出会ってから九年。

今は秋も終わりに近付いた十一月の下旬。

葉も散り、徐々に冬の訪れを予感させていた。

「急げえええええ!!!」


住宅街の細い路地を二人の男子と一人の女子が走り抜けていた。

一人はアイドルにも負けないくらいに整った容貌の少年。

一人は三人の中でも一番背が高く、スポーツマンタイプの少年。

もう一人はショートカットでいかにも「健康」という言葉が似合うくらい元気な気が強そうな明るい少女。

それは成長して十五歳になった純、翔、めぐみの三人であった。

今は三人とも中学三年生になり、もう高校を目指す受験生となっていた。

ちなみに、何故三人が走っているかというと、彼等は今、遅刻寸前だったのだ。

「まったく!何で今日に限って三人揃って遅れるんだよ!」

「何言ってんのよ翔!あんたがいつまでも食べてるからでしょ!」

愚痴る翔に向かってめぐみが走りながら事の原因を責めた。

だが翔も負けてはいない。苦し紛れだが言い返す。

「うるせえ!俺は朝飯を食わねえと午後まで持たねえんだよ!」

「それならパンかなんか持ってくればいいでしょ!」

「走る分の体力がなくなるんだよ!」

「二人ともやめなよ!時間がないんだから」

いつまでもいがみ合う木々原と翔に純が割って入った。

三人はとにかく走った。

息が切れようが足がもつれそうになろうがひたすらに走った。

「木々原!後何分だ!?」

翔に言われてめぐみは腕時計に目をやった。

「あと二分!」

「もうすぐだ!」

三人は角を曲がって校門まであとは一直線という所まで来た。

しかし、無常にも門は今まさに閉じられようとしていた。

「やばっ!急げ二人共!」

翔の言葉に引っ張られ、三人はラストスパートをかけた。

門が閉じたのと、三人が中へ滑り込んだのはほぼ同時だった。

「ゼエ…ゼエ…セーフ…」

「何とか…間に合ったね…」

「あ〜…もう死にそう…」

流石に家から休み無しの全力疾走は三人の体力を限界に達しさせていた。

肩で息をしながら三人は言葉を出す。

「あ…明日からはもう少し早く起きるべきね…」

「こ…こんなの毎日続いたら死んじまう…俺も食うのは早めにしよう…」

「あ…歩いて行けるくらいの時間は取るべきだね…」

純の言葉に二人は息を切らせたまま無言で頷いた。

「うえ〜、気持ち悪ィ……食った物出そう…」

「ちょ、ちょっと翔!やめてよ!」

慌ててめぐみが後ずさり、距離を取る。

「翔!こんな所でだめだよ!」

純とめぐみの表情がこわばる。

キーンコーンカーンコーン…

突然流れた鐘の音に時が止まったかのように三人は硬直した。

やがて、その流れを取り戻すかのように翔が叫んだ。

「だーっ、やべえ!チャイム鳴ったー!」

そのショックは翔にリバースしそうだった事すら忘れさせるほどであった。

「こんな事やってる場合じゃなかった!行くぞ二人ともー!!!」

「しょ、翔!待ってよ!」

突然の翔の復活と彼の疾走に二人は出遅れてしまった。

「ま……まだ走るの?もう嫌ーっ!」

最後の力を振り絞って残された二人は走り出した。


校舎の中は静寂に満ちていた。

特に廊下は他クラスの授業の声か自分達の靴音以外はほとんど聞こえない。

そこで三人は壁伝いに忍び足で歩いていた。

先生に見つからないよう静かに…静かに…

やがて、自分達の教室の前まで辿り着くと先頭を歩いていためぐみがそっとドアを開けた。

純と翔もその後ろから恐る恐る、教室をのぞき込む。

見回してみるとラッキーな事に先生の姿だけは教室に見当たらず、そこではクラスメートが談話を楽しんでいた。

三人は小声で会話をする。

「おろ?先生がいねえ」

「いないわね」

「間に合ったのかな?僕達」

思わず三人が安堵の溜息をついたその時。

「和泉 純。大鷹 翔。木々原 めぐみ。そろって遅刻…と」

後ろからの急な一声に三人はビクッっとしてゆっくりと振り向いた。

そこには恐い顔をした中年の男が出席簿に何やら書き込みながら立っていた。

三人の担任、東山である。

東山はパタンと甲高い音を立てて出席簿を閉じるとこちらの方をジロッと睨んだ。

「アハハ…」

三人は誤魔化す様に思わず笑っていた。



「まったく…お前達も受験生なんだからもう少し責任のある行動をだな…」

その後、職員室にまで連れていかれた後、立たされたまま長々と三人はお説教タイムを味わった。

「つまりだ、これから大きくなって社会人に…ん?大鷹!何寝てる!」

東山が器用にも立ったまま寝ている翔に気付き、彼の頭を手元にあったプリントの束で叩いた。

すると、翔の頭は中身のよく詰まったスイカのごとく、気持ちの良い音を立てた。

「痛って〜………」

「お前な……先生の話聞いていたのか?……もう一回話してやるからちゃんと聞けよ」

「へ〜い…」

聞いているのかいないのか。実に曖昧な生返事で翔は返した。

しかし、ちゃんと聞いていた純と木々原にとっては同じ話しを聞かされ、迷惑な話しであった。

結局、三人が解放されたのは1時間目が終わった頃であった。

教室に戻る途中、翔と木々原は歩きながら愚痴をこぼしていた。

「ちくしょ〜…足痛え〜…東山の奴…」

両足を叩きながらブツブツと翔が言う。

「ほんと、1時間目が終わるまでずっとよ、信じらんない」

「よく口が続くよな。うるさくてしょうがなかったぜ」

「何言ってんのよ。あんたずっと寝てたくせに」

めぐみが翔を小突くと翔が「へへ」と舌を出して笑った。

「でも、疲れたわね〜。座らせてくれるとか、先生少しは気を使ってくれても良いと思わない、ねえ純?」

「仕方ないさ、悪いのは僕達なんだから」

純だけは独り、自分の非を認めていた。

「純〜、お前も少しはムカつかねえのか?」

「まあ少しはね。だけど先生の言ってた事ももっともだから」

「ああ、高校受験の事?」

純は頷きながら答えを返した。

「うん、内申の事もあるからね」

「そっか…遅刻とかって内申書に書かれるんだったな」

「あんまし遅れない方がいいわね。下手したら相当入試に響くかもしれないし……」

「特に純は大変だからな」

「うん…弟達の事もあるからあまり悪い評価はまずいんだ」

「そうだったわね…できるだけ遅刻だけはしない様にしよう」

「そう言えばさ、二人とも志望校決まってるか?」

不意に、翔が問いかけた。

「もちろん。そういう翔は?」

「ああ、俺も決まってるぜ」

「木々原はどうなの?」

「……………」

純の問いに、めぐみだけは黙り込み、何も言わなかった。

「あれ、どうしたの木々原?」

「うん…ちょっとね。事情あってまだ決めてないんだ」

いつもからは考えられない思い詰めた様子に、驚きのあまり二人は意外といった顔でうつむいた彼女を凝視した。

一瞬で重い空気になってしまったのを気付いてか、めぐみはすぐにいつもの明るい顔に戻した。

「さーて、面倒くさい話はやめやめ!それより早く教室行こう!」

「ああ…」

「う…うん……」

少し戸惑いながらも純と翔はめぐみに押されて教室に入った。



「………えー、という訳で最近遅刻する者や授業中の態度が悪い者がいる様だが…」

先生が横目でその良い例を見る。

それが純達三人である事は言うまでもなかった。

まあ、授業態度が悪いのは主に翔で他の二人はそのとばっちりを受けているのだが……

先生は一言一言を強調しながら続ける。

「一日一日の自分の行動が評価に関わってくるので、もう少し自覚ある行動をする様に。それでは、今日はこれまで」

「起立!礼!」

日直の声に合わせて皆は一日を締めくくった。

生徒達からは一斉に緊張感から解放されたかのような明るい声が沸き起こった。

「よっしゃー!終わった終わった!」

翔は誰よりも元気に喜び、解放感に浸っていた。

「ほんと嬉しそうな顔するわね、あんたは」

苦笑しながらめぐみが言った。

「けど、さっき先生が言っていたのって絶対あたし達の事ね」

「嫌味そうに言うよな〜、こっち見てたぜ」

そこへ、帰り支度を終えた純もやって来た。

「お待たせ、二人とも」

「それじゃ、行くか。どうする?これから何処かいくか」

三年生も後期に入り、部活動も引退しているので放課後の三人はいつも暇を持て余していた。

本来は受験生たるもの、受験勉強をするべきなのだろう。

真面目な純も毎日二人に付き合っているのだが、彼は家に帰れば参考書を読んだり過去の入試問題を解いたりはしている。

しかし、特に翔とめぐみは「まだ先の話」と、その事を考えずに毎日遊び歩いていた。

「じゃあ、今日はそこのバーガーショップで時間をつぶそうか?」

「お、それ賛成!丁度腹へってきたし」

純の提案に翔が手を叩いて賛成した。

「あ、ゴメン、あたしパス。ちょっと今日用事あるから」

「そっか、じゃあ仕方ないね」

めぐみが時計に目をやるとまもなく四時半を過ぎる頃だった。

「じゃ、あたし行くね」

申し訳なさそうに手を合わせた後、二人に手を振りながらめぐみは足早に教室を出ていった。

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