PART 3


「翔…今日も行くの?」

「ああ、今日こそはな」

もうすぐ一週間になるのだが、尾行は未だにめぐみの家にすら辿り着いていなかった。

あれ以来、あの警官に遭遇しかけて逃げるわ、犬に追いかけられてめぐみを見失うわ、とにかくろくな目に遭っていなかった。

しかし、翔のやる気は消えてはいなかった。

ここまで来たら意地になっているのだろう。

諦めが悪いといえば悪い。

「あのさ…木々原にも家庭の事情があるんだからそんなに穿鑿する必要は無いと思うけど…」

「幼馴染の俺達に何も言わない所が気に食わねえ」

「はあ……」

もはや何を言ってもダメだと悟り、純は大きく溜息をついた。

「それじゃ行くぞ!」

「あのさ…僕はもうやめておくよ」

「ふ〜ん、そうか、わかった」

以外にあっさりと翔が承諾してくれた事に純は驚いた。

「何だか…やけに物分りが良いね?」

「まあな、今日からは助っ人を頼んだからな」

「助っ人?」

「出でよ!我が同士!」

翔が廊下に向かって呼ぶと、純のよく知ってる人物が現れて忍者の様に素早く翔の隣についた。

「翔兄貴!和泉正樹、ただ今参上しました!」

「正樹!?」

そう、現れたのは純の弟の、正樹だったのだ。

正樹は今、純達と同じ学校の一学年に在籍していた。

何故だか砂場の出会い以来、翔とは気が合い、今では「兄貴」と親しみを込めて呼ぶようになっていた。

ついでにめぐみの事は「姉貴」と呼んでいた。

「正樹…何でお前が…?」

「めぐみ姉貴が隠し事してると聞いて黙っていられなくてね、真実をつきとめるのさ!」

「その通り、真実を我が手に!」

「Yes!我が手に!」

「よーし!行くぞ相棒!」

「おう!翔兄貴!」

ドドドドドドドドドドド………


まるで嵐の様に二人は走り去っていった。

純は二人の異常なまでの盛り上がり様に、ただ何も出来ずに圧倒されていた。

「う〜ん…大丈夫かな…?」

「…あ、純」

教室に一人だけになった純の前に、めぐみが現れた。

「あれ、木々原?まだ帰ってなかったの?」

「うん、ちょっとね……翔は?」

「あ…今、丁度帰ったばかりなんだけど…」

「…ま、いっか。ちょっと話があるんだけど…良い?」

純は無言で頷いた。

「実はね、あたし………」

「……えええええ!!!?」

「それじゃ、今日、行かなきゃいけないから」

「う…うん………」

唖然としている純をあとに、めぐみは急いで教室を出て行った。



「はあ…はあ…なんか…今日はやけに速いな…」

学校から出てくるのが遅れた分、めぐみは必死に走っていた。

それだけではないのだろう、とにかくめぐみは急いでいた。

「ひえ〜、俺もうダメ…」

「馬鹿!何を言ってる正樹!?真実はもうすぐそこだぞ〜!」

「へ〜い…」

追いかける方も追いかける方で、二人は何とか彼女を見失わないよう、走り続けていた。

「でも、姉貴はいつも何しに行ってたんだろう?」

「もしかしたら…『男』かもしれないな…」

「男ぉ!?」

「そう考えれば納得がいくな…俺達に隠れて先に帰る理由も」

「バイトとかは?」

「それは無いな。あいつは努力して稼ぐより俺達にたかる奴だ」

「それって兄貴もそうじゃねえか?いくら貸したか…」

「でーい、やかましい!『苦しい時の友頼み』と言え!」

漫才のような会話を交わしながら二人はめぐみの後を追った。そして………

「ただいまー、遅くなってごめーん!」

「あれ〜?家に入っちまったぜ、兄貴」

「う〜ん…」

とりあえず二人は物陰からめぐみの家を張り込む事にした。



「兄貴、カレーパンとコーヒー牛乳買ってきたよ」

「ご苦労」

翔はめぐみの家から目を離さずにその二つを受け取った。

「どう、ホシは動いた?」

「いや、全然」

「やっぱ姉貴、家の用事だったんじゃない?」

「う〜んんんん……そうかもしれないな」

二人は考え込みながらコーヒー牛乳をストローで飲んだ。

「そういや兄貴、三日前貸したオロナミンCの100円。まだ返してもらってないぜ」

「しつこいな、お前………ん?お、トラックだ」

一台の大型トラックがめぐみの家の前に停まった。

「へ?何で姉貴の家で」

「木々原の家ってトラックは持って無かったよな…?」

「そりゃそうだ…あ、そう言えばあれ、引越し業者のトラックだな」

「へ〜、引越し業者の………」

「引越しーーーーーーーーーーっっっ!!!!!????」


驚いた二人の声は見事にシンクロした。



「めぐみ、準備は良い?」

「うん、いいわよ」

母親の呼びかけにめぐみは頷いた。

「良かったの?友達に何も言わないで」

「良いのよ、純には言ってあるから」

「淋しくなるわね…」

「そうね……」

二人は今まで住んでいた家の方を向き、別れを告げた。

「おーい、早くしろー、行くぞ!」

父親に急かされ、二人はトラックに乗り込んだ。

「木々原ーっ!」

「姉貴ーっ!」

「え?」

唐突に翔と正樹の声が聞こえ、驚いためぐみは窓から顔を出した。

そこには号泣している二人の姿があった。

「木々原〜、何で一言言ってくれなかったんだよ。水くせえじゃねえか!」

「姉貴〜〜…」

「ちょっと、何言って…」

「お前がいなくなると喧嘩仲間がいなくなるな…寂しいぜ」

「姉貴がいねえと寂しいよ〜〜〜……何で引っ越しちまうのさ!?」

「あのね…あたしが言わなかったのは…」

「わかってる!何も言うなよ。別れが辛かったんだろ?」

「あのね…」

翔はわずかばかりのお金を財布ごと差し出した。

「こいつは餞別だ。受け取りな」

「いいわよ、そんな気を使わなくて」

「良いから受け取れ!」

翔は強引に窓の中に放り投げた。

「……あのね、翔、正樹。そんな事しなくても私は…」

「めぐみ、時間だ。そろそろ行くぞ」

「あーん、もう!」

三度めぐみの言葉は遮られ、何も二人に言う事ができずにトラックは走り出した。

「木々原ーっ!元気でなー!」

「姉貴ーっ!また会おうなーっ!」

どんどん遠ざかって行くめぐみを、二人はトラックが見えなくなるまで手を振り続けた。

不意に、窓が開くとめぐみが顔を出して叫んだ。

「この大馬鹿共ーっ!」

「へ?」

「あたしは…あたしは………」

しかし、めぐみの最後の言葉は車の音にかき消され、良く聞き取れなかった。

「姉貴…最後に何を言いたかったんだろ?」

「『大馬鹿』って…いかにもあいつらしい別れの言葉だったな…うんうん…」

「あ〜あ…何か急に疲れて来た…ジュースでも飲みながら帰ろう…って…あれ?」

「ギクッ!」

この時正樹は、先程翔がめぐみに餞別として渡した財布に見覚えがあったような気がした。

「兄貴〜〜〜…」

「アハハハハハハ……さらば!」

自分の方を向いた瞬間、翔は一目散に走り去った。

「あ、こら待てーっ!いつの間に抜き取ったんだよーっ、返せーっ!」

夕暮れの街…二人の影は次第に消えて行き、茜色の空はめぐみの生まれ育った家を温かく包んでいた…


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