PART 1


看護婦や医師達が口々に患者の容態を叫んで病院の廊下を駆け抜ける。

一人の女性が滑車付きのベッドで運ばれていた。

その傍らには小学生程の兄弟が三人、走っていた。

「母さん!」

「母さん!しっかりして!」

「母さん!」

女性は集中治療室に運ばれ、すぐに処置が行われる。

しかし、女性の容態は一向に良くならない。

三人の息子は彼女の手を握って離れようとしなかった。

「先生、心電図が!」

心電が微弱になり、息子達もより一層呼びかける。

「………………………」

酸素マスクの中から密かに母親の声が聞こえた。

「ごめんね……純…正樹…光一……」

「だめだよ、何弱気な事言ってるのさ!」

「そうだよ母さん!何言ってんだ!?」

「お願いだから死んじゃやだよーっ!」

「後は…お願い……みんなで……力…を合わせ…て……生き…て……ね…」

三人が掴んでいる手からスッと力が抜けた。

同時に心電図の装置から長い電子音が鳴った…………



「……………また見ちゃったな…」

光一は溜息をつきながら目を覚ました。

夢の事を思いながらゆっくりとベッドから出る。

東側の窓のカーテンを開けると朝日が差し込んできた。

夢に見た忘れようにも忘れられない光景、母親が病でこの世を去ったのは三年前の事だった。

父親はそれより前に突然消息を断ったらしく、光一には記憶すらない。

母親が死んでから和泉兄弟は親戚がほとんどいなかったので、たった三人で生活していく事になった。

親がいないということは想像を絶する苦労が伴ったが、生前、母親が近所の誰にも好かれていた人だったので、お世話になった人達や翔、めぐみの親が周りの事を色々と手助けしてくれた。

そのおかげで三人は立派に成長し、母親の死の悲しみは乗り越えていた。

しかし、やはり心の中では忘れる事ができないのか、光一はしばしばその時の光景を夢に見ていた。

「あれ?そう言えば……」

光一はカレンダーの前に立つと今日の日付に指を滑らせた。

「あ……もう明日か……」

誰に言うでもなく、独り光一は呟いていた。



三人で囲むテーブル。これも三年前から代わっていない光景だった。

食事など、家事は当番制にし、三人で分担してやっていた。

ちなみに今日の朝食は純が作った。

正樹は元気にご飯を口にかき込み、純は食べながら「ちょっと塩が多かったな…」などと呟いていた。

「ん?どうした光一。ご飯減ってねえぞ」

「…え?あ、うん」

夢の事でボーっとしていた光一は正樹の言葉で我に返り、慌てて茶碗を手に取った。

「なんかさっきからおかしいぞ、お前」

「そうかな?」

「ああ、どうかしたのか?」

光一はしばしの沈黙の後、口を開いた。

「…あのさ」

「何だ?」

「明日…何の日か覚えてる?」

「明日?……う〜ん………あっ、そうだ!」

「思い出した?」

光一の表情が明るくなる。

「そういや、新しい映画が上映されるらしいな」

「え…」

「そうだそうだ、何だ、お前も行きたいのか」

「………僕が言ったのはその事じゃないのに……」

「へ?」

「もう良いよ。僕、学校行く。ごちそうさま」

不機嫌そうに光一が席を立ち上がり、面食らった二人はしばらく呆然としていた。

「……あ!…おい、光一!」

「何?」

「ほら、忘れ物」

そう言うと正樹は、机の上に置き忘れられた物を光一に投げた。

それは、金色に輝く少し古びたペンダントだった。

「あ…ごめん。ありがとう」

「良いって良いって!」

ペンダントのロケットには、優しそうな女の人と三人の子供達が幸せそうに佇んでいる写真が入っていた。

三人は自分達兄弟。そして中心の女性は純達の母親だった。

純と正樹も持っており、それは兄弟三人の宝物でもあった。

特に光一は、肌身離さずにこれを持ち歩いていた。

「行って来ます」

ペンダントを首にかけ、鞄を手に取ると光一は家を出て行った。



「おい、どうしたんだよ!?」

膝をすりむき、服を汚して帰ってきた光一を見て、正樹は驚いた。

「ちょっとね…転んでその拍子に犬の尻尾踏んじゃって…」

「追いかけられたのか?」

「うん」

「何やってんだよ〜、ドジだな」

「あははは…」

照れ笑いしながら光一は汚れた服を洗濯機に放り込んだ。

「あれ?お前ペンダントは?」

朝、光一の首に掛かっていたペンダントがないのに正樹が気付いた。

「え…?…鞄に入れているだけだよ」

「へ〜珍しいな。お前が身につけないなんて」

「ちょっとね…紐が切れちゃって」

「ふ〜ん……」



「光一が隠し事をしている?」

翌朝、光一が家を出てから正樹が純に話を持ちかけた。

ちなみに純達はこの日、先生の研修の為、特別休校である。

「ああ、なんか最近やけに疲れてるし。深く考え込んだりしてるし…」

「確かに、最近変だよね」

「なんかあったのかな?」

「う〜ん…とにかく、帰ったら光一に聞いてみよう」

「そうだな」

プルルルルルル!!!

リビングに置いてある電話が鳴り、二人の会話を遮った。

「もしもし。和泉ですが」

純が受話器を取って応対した。

正樹は暇つぶしにテレビのスイッチを入れた。

さすがに朝からは特に面白い番組はなく、ワイドショーなどでタレントのスキャンダルなどを
面白おかしく、テレビ局ごとに着色しながら放送していた。

正樹はテレビを消した。

「え…!?いえ、もう…わかりました。はい…」

電話を終えた純が、受話器を置くと慌てて正樹を呼んだ。

「正樹、光一が学校に来てないって!」

「ええっ!?」

「今、先生から連絡が」

「どういう事だよ?確かに光一、学校行ったよな?」

「でも来てないんだ。何かあったのかもしれない」

事故…誘拐…考えられる要因が二人の頭に浮かんだ。

「ちょっと俺、探して来る」

「わかった。僕は翔と木々原にも頼んで街中を探してみる。正樹は通学路を頼む」

正樹は頷くと、急いで家を飛び出して行った。


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