PART 1


「翔ー!いるー?」

「入ってまーす」

日曜日の昼下がり、翔が漫画を読んでいると部屋に母親が訪ねて来た。

「あのね、これからちょっと友達と買い物に行って来るから」

「んー」

漫画に夢中になっている翔は素っ気無く返した。

「 それでね……」

「んー」

「……で…」

「ああ…」

「……って欲しいんだけど良い?」

「りょーかい」

「じゃ、よろしく」

「おう、行ってらっしゃい」



そして、それから数十分後………

「さーてと、そろそろ大地でも連れて遊びに行く…か?」

暫くして漫画を読み終えた翔が、机から立ち上がった。

「…………ん?」

自分のベッドの上に、何やら見慣れない物が目に入った。

それは、この家には居るはずの無い物体。

目を擦ってみるが消えない。

もしや蜃気楼かと思い、触れてみる。

プニプニと柔らかい肉がその弾力を以って指を押し返した。

「………」

夢や幻の類でない事を理解した瞬間、翔はその場で固まった。

あるはずの無いモノ――赤ん坊――は春の陽気の中で幸せそうに寝ていた…



「大地ー!」

ドタドタと廊下を走り、大地の部屋に飛び込む。

いきなりの翔の出現に大地が驚いた顔で出迎えた。

「『コレ』は何だ?」

翔は左手で抱えた『コレ』を指して聞いた。

「兄ちゃん…やっぱり聞いてなかったんだ」

予測していたように大地が言った。

翔の性格からしてまともに聞いているはずがない。

母親もそれを見越してか大地に言っておいたのだろう。

翔は大地の話から、母親との会話を記憶の断片を集めて回想した。



《あのね、これからちょっと友達と買い物に行って来るから》

《んー》

《それでね…友達が赤ん坊連れててね》

《んー》

《連れていけないのよ、そこで…》

《ああ…》

《しばらく預かって欲しいんだけど良い?》

《りょーかい》

《じゃ、よろしく》

《おう、行ってらっしゃい》



「……………」

「思い出した?」

説明を終えた大地が勉強椅子でグルリと回った。

「し…しまった……」

己の言動を呪いながら翔は膝を突いた。

とは言うものの、引き受けてしまった以上後には引けない。

「…で?いつ頃帰ってくるって?」

「五時だって」

時計を見てみる。

現在、一時四十五分―――



翔はリビングの椅子に持たれかかり、ボーっと天上を眺めている。

「……暇だ」

何せ赤ん坊の面倒を見なくてはいけないので外に行けない。

昼の番組も興味を引くものは少ない。

さっきまで読んでいた漫画も、三回読んだら飽きた。

「宿題」という選択肢は0.1秒で却下の採決が下っている。

「ふわあああ…」

これで何度目のあくびだろう、時間が長く感じる………

「俺も寝るか…」

近くのソファーで寝息を立てている赤ん坊の向かいのソファーで翔は寝転んだ。

程なくして意識が遠退いていく……

翔は深い眠りに…

「 びええええ!!!」

「うわっ!」

驚いて翔は跳ね起きた。

泣き声を聞きつけた大地も急いで二階から降りてきた。

「えーっと、どうすりゃ良いんだ?」

「そ、そんな事言ったって!僕、初めてだよ!」

泣きじゃくる赤ん坊を前に二人はただオタオタするだけだった。

取り敢えずオシメを替えてみる。

「…男か」

「…兄ちゃん、見るところ違う(汗)」

「ハハハ……っと…別に漏らしてるわけじゃないな」

オシメは見事に真っ白。予想は外れていたようだ。

「それじゃあ、お腹すいてるのかな?」

「なるほど」と翔は手を打った。

母親から預けられていたバッグからミルクを取り出す。

翔がミルクを作っている間、大地は必死にあやしていた。

「兄ちゃーん、まだ!?」

「もうちょっと待て!」

何とか哺乳瓶に適量を作り出したのだが、ここからが問題であった。

熱過ぎず、ぬる過ぎない。そんな温度を作るのに悪戦苦闘していた。

「まだ熱いか…」

「早くー!」

丁寧に少しずつ飲みながら翔は適温を探った。

「ぬる過ぎる……熱い……ぬるい……熱い……ぬるい……」

それから数分、呪文のような呟きが続いた。

「大地!」

不意に、大地が呼ばれた。

「 出来たの!?」

「ミルクが終わった!」

「ええーっ!?」

飲み干してしまったらしい。

空になった瓶を振って翔が苦笑した。

「びええええええっ!!!」

ミルクが貰えない事が分かったかの様に、ますます赤ん坊は泣きを強めた。

「どうするんだよー!?」

悲鳴にも似た叫びを大地が上げる。

「えーい!こうなったら実力行使あるのみ!大地!『高い高い』だ!」

言われた通り、大地は赤ん坊を抱きかかえるとその体を持ち上げた。

「たかいたかーい!」

しかし、泣き止まない。

「たかいたかーい!」

「びええええっ!」

「たかいたかーい……」

「高さが足りないんじゃないか?」

「ぐっ!!!」

140cmの身長しかない大地にはキツイ言葉だった。

両腕を目一杯伸ばしても翔の身長を抜くか抜かないかぐらいしかない。

「なら兄ちゃんやってよ〜!」

対して170cm以上ある翔に泣きながら大地が赤ん坊を押し付けた。

「たかいたかーい!」


ゴスッ……!

「あっ…」

「………あ…」

上げた拍子に赤ん坊の後頭部がストレートに鴨居に当たった。

カクンと頭を垂れて赤ん坊は静かになった………



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