PART 2


「いやー、ハッハッハ。一時はどうなるかと思ったぜ!」

「もう、笑い事じゃないよ兄ちゃん」

舌を出して翔が苦笑する。

あれからしばらく赤ん坊はピクリとも動かなくなり、気を失っているとわかるまで二人とも大慌てだったのだ。

「……さて、と」

おもむろに翔が立ち上がり、ジーンズのベストを羽織り始めた。

「どこか行くの?」

「ああ、また目ぇ覚まして泣き出したら面倒だからな。ミルク買いに行って来る」

時間を見るといつの間にか二時間近く経過していた。

あと一時間と少しで母親が迎えに来る。

「僕も行くよ」

大地も支度を早々と始めた。

「さーて行くか」

「待った兄ちゃん!」

家を出ようとした翔を大地が引き止めた。

「この子連れていかなきゃ」

赤ん坊を指差して言った。

確かに無人の家に置き去りにするわけにもいかない。

当然、外に連れて行くという事は――――

「…………」

「…………せーの」

「「ジャンケンポンッ!!!!」」



「くっそー……」

背中にくくりつけた姿で、翔が悔しそうに呟いた。

「こんな姿をクラスの奴等に見られたら何て言われるか…」

熊のプリントがあり、見た目には可愛いと言える代物だが、この年齢が身に付けるにはかなり抵抗があった。

「ジャンケンだもん、我慢我慢♪」

上機嫌に大地が前を行く。

相変わらず赤ん坊は眠った――気絶とも言う――ままだ。

人通りが激しい所に出ると途端に翔が周囲に気を巡らせた。

知り合いと会わない様に必死だ。

幸いにも途中で知り合いに会うことも無く、無事に二人はスーパーに到着した。

「よし、早いとこ買っとこうぜ」

「うん」

「ふ…ふぇ……」

翔の耳元で何か聞こえた。

「ふえ?」

「びええええ!!!」

「だー!起きたー!?」

先程にも増して不満を爆発させた泣き声を上げて赤ん坊が目覚めた。

「痛っ!痛ででででで!!!」

起きたばかりの赤ん坊は『ミルクを切らせた張本人』であり『自分を気絶させた犯人』でもある恨まれる原因の多かった翔の髪の毛を思い切り引っ張って暴れた。

「だ、大地!カバンに何か入ってないのか!?」

翔に言われ、母親から預かったカバンから急いで赤ん坊の気を紛らわせる物を探す。

「……あ、ガラガラがあったよ!」

大地からそれを受け取り、すぐに赤ん坊に渡した。

振りに合わせてガラガラと騒がしい音が鳴り響く。

「びえええええ!!!」

ガン!ガン!

「ぎゃー!!!」

しかし、それも効果が無く、むしろ武器を与えてしまった事により、翔の被害が倍加した。

「だ、大地!俺の事は良いから早くミルク買って来い!」

「う、うん!」

悲鳴を後に聞きながら大地はスーパーへと駆け込んだ。



「た……助かった……」

ご機嫌にミルクを飲む赤ん坊を抱きながら翔が溜息をついた。

取り敢えず撲殺される危機は脱したが、残念ながら翔の髪の毛は数本、尊い犠牲になった。

「そう言えばこの子って何歳くらいなんだろ?」

「歯も生え揃ってないから…一歳近くってとこか?」

ミルクを飲み終えたので翔は哺乳瓶をカバンに入れた。

「そのくらいだったら何か喋れるよね?」

「ん?そうだな、ママとかパパとかなら言えるかも」

「ウ〜…アア〜ウ〜……」

「お?」

偶然にも赤ん坊が何かを喋り出そうとしていた。

「バ〜ァ……」

「バ?」

「……バ〜カ」

「んだとゴルァ!!!」

「わーっ!待った待った兄ちゃん!」

殴ろうとした翔の腕を大地が慌てて鷲掴んで止める。

「放せ〜!こんなガキに馬鹿呼ばわりされるなんてー!」

「ま、まあまあ。ホントの事だけど赤ちゃんの言う事だから」

ゴチン!

前触れもなく翔に殴られた。

「痛い……」

「一言多いんだよ」

「……何やってるの二人とも?」

「……へ?」

「……あ」

後ろから声をかけられ、二人は振りかえった。

「木々原!?」

「めぐみさん!」

よりによって今の翔が一番遭遇したくない人物―――木々原めぐみ―――がそこにいた。





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