No.1

 この世には、『言霊使い』という、言葉に宿る力を操り、使いこなす者たちが存在する。銀の色彩は、そんな『言霊使い』たちの中でも、最高の力と呪力を持つ幻の存在だ。
 『巫女姫』――そう、彼女は呼ばれる。または、儚き『御柱』とも――。
 銀の髪を持って生まれた子供は、その宿す力ゆえに、千年に一度崩れかける世界への『月柱』として月に捧げられる。それは、この世界が出来た時からの習慣――約束事であった。
 ――銀の月は、彼女たちの至高なる魂によって光り輝くのだよ――
 それは、昔からの言い伝え。
 真実を秘めた、お伽噺。
 それを知る者は、この世にいない――。



















―― No.1 ――

 腰ほどまである黒い髪を持つ彼女は、よく神殿の神官が語るお伽噺を信じてはいなかった。それは、胡散臭い、ということや、不信仰であるから、ということとはまるで違う理由からである。

 なぜだか知らないが彼女はお伽噺を聞く前から、なぜ月が輝くのか――その、答えを持っていた。

 ――銀の月は、彼女たちの悲しみによって光り輝くものよ――。

 彼女が神官にそう言えば、神官は顔を真っ赤にして怒る。

 彼女は、それが一番嫌いだ。

「本当のことを言っているだけなのに、何故怒られなければならないのだろう」

 村の一番大きな木の太い枝に座り、幹に背を預けた彼女はそう呟く。ここは、彼女が一番気に入っている場所だ。暑い夏の日には日陰になり涼しい風が通りぬけていくし、雪の降る冬の日にはきれいな雪景色が一様に見える場所だ。

 村中を見渡せるその位置が、彼女の定位置となったのはいつ頃からだろうか。もう、ずいぶん前のことになると思う。

 初めは、小うるさい神官たちの小言から逃げるためだったと思う。それが、何時の間にか習慣となって彼女の日常に入り込んできたのだ。

 母子家庭の彼女にとって、家事に追われているときや神殿へ赴いていないこのときが、一番気の休まる時間だった。

「ねーぇ、アレクぅ!」

 下のほうから聞こえてきた聞き馴染んだ声に、彼女――アレクは枝に足を掛け、くるりと逆さ釣りになって下を"見上げた"。

「――ア、アレク! な、な、なっ危ないわよ!!」

「大丈夫だよ、フィルリィー。……で、どうかしたの?」

 先ほどの焦っていたような声から、アレクは彼女が急いでいるのだろうと推測していた。そして、それはあながち外れではなかったらしい。

 はたと思い出したように、フィルリィーと呼ばれた幼馴染でもある少女は両手をばたつかせた。

「きいてきいて! また、隣村が魔獣に襲われたんだって!」

「…………また」

 彼女はため息をつくと、ひょいっと起き上がり一気に地面へと飛び降りた。幼馴染が悲鳴を上げたが、彼女はそ知らぬ顔だ。

「――で、どこの村だって?」

「そ――それより! アレク、そうやってあんな高いところから飛び降りるの止めてっ! 見てるほうがはらはらするわっ!」

 その珍しい迫力に、思わずこくこくと頷いてしまった彼女は、はたと気がついて慌てる。

「ちょ――ちょっと待ってよ、フィー。僕が、あのぐらいの高さから降りて怪我したことなんてあった? だから、いちいち飛び降りるたびにそう怖い顔しないでよ」

 低姿勢でそう言う彼女に、少女はふんっ、と顔をそらす。短い亜麻色の髪がふわり、とその拍子に広がった。

「じゃあ、あたしの目の前でそういうことをしないことね」

 それに「もっともだけどね……」と反論を言いかけた彼女は、それてしまった話の筋を直そうと切り替えた。

「で、北の方? それとも南の村なの? 襲われたのって」

 少女は「んー……」と思い出そうと考え、そして東の方を向いた。

「話に聞いたところだと……たしか東だったわ」

 それを聞いて、げっという顔をしてアレクが顔を顰めた。東といえば、この国の首都よりの町、ということになる。村から首都までは、東にまっすぐ行けば着いてしまう。それほど直線状に町があるわけではないのだが――。

「たしか、この前は西の町が襲われたとか……言ってなかった? フィー」

「えぇ。なんか、この村だけ避けられてるって感じよねぇ……」

 どういうことかしら?

 首を傾げてそう言う少女を視界の隅に認めながら、彼女はがっくりと――珍しく表情を表に出して――項垂れた。

 彼女もなぜ、魔獣がこの村を襲わないのか、知っているわけではない。ただ単に僕の母さんが怖いわけではないだろうけど――などと暢気に考える余裕は、まだあるようだ。

 ある程度落ちついてから、彼女はその理由を考え始める。

 最後に魔獣がこの村を襲ったのはいつだったのかをまず思い出し、そしてその前後に当たり、何かこの村に起きた出来事を思い出す。

 ――たしか、あの頃、僕が仔狼を拾ってきたんだよな……。

 危ないと分かっていながらも、アレクは昔、一人で森を散歩するのを日課としていた。これといった理由はないのだが、なんとなく森の少し湿った空気や、木の匂いが好きだったのだ。それは今でも変わらず続いている日課だが、仔狼を拾ってきてからは一緒に散歩をするようになった。

 ――…………あれ? そういえば、あいつ等を拾ってきてからじゃないか? 魔獣が現われなくなったのって……。

 ふと思い出して……頭が痛くなった。自分としては、あいつ等はただのペット――もとい、なんのへんてつも無い、とは言えないが普通の親友だ。

 狼を相手にして「普通の」と言っている時点で……まぁ、普通ではないのだが。

「……とにかく、また僕が呼び出されそうだったら、言いに来て」

 ため息交じりにそう言ったアレクに、フィルリィーはこくん、と頷いた。

「また、前みたいに大きな騒ぎになりそうだったら、呼びに行くわ」

 背後で大きくフィルリィーが手を振っている気配を感じながら、彼女は家のある方角へと歩いていった。





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