No.4
男性はアレクを観察するように見て、ルシファーを見る。
「ですが、貴女様のご息女様です。色彩を変えることなど、造作もないことでしょう?」
――ギクッ
(やばい、やばいよぉー……隠し通せる自信、なくなっちゃうじゃないか……)
背筋を冷や汗が落ちる感覚があった。明らかな動揺が表情に出てしまう!
なんとか――なんとか、しなきゃ……っ!
長いような、ほんの一瞬の沈黙の時間が流れた。
「――ゥオォォオ――――ン」
白抖の鳴き声がし、はっと三人は窓の外を見る。白銀の影が窓から飛び込んできてアレクの足に――高さ的に腰あたりになるのだが――擦り寄る。
「……白抖……」
ほっとして、アレクは白抖の首を撫でた。ふわふわのいつもの感触が気持ちいい。
黒覩はいつもと違い、行儀よく玄関のほうを回って来たらしい。後ろから入ってきて、やはりアレクの腰に頬を擦り寄せ、男性を睨め付ける。――さすがに白抖は睨め付けはしないが、それでも警戒心を持って男性を見ている。
男性は苦笑した。
「『神狼』と――『魔狼』ですか。綺麗な色彩ですね」
「……は?」
アレクはその聞きなれない言葉を聞いた瞬間、間の抜けた声を出してしまった。一瞬しまった、という顔をしたが、なんとか気にしないようにする。
「『神狼』? 『魔狼』? ……何それ」
「『神狼』とは神に祝福されし狼のこと。『魔狼』とは魔に見入られた狼のこと――」
「…………ばか?」
呆れたように言ったアレクの言葉に、男性は頬を引きつらせた。一方のアレクは白抖の背に乗り、腕を組んでいる。いつもの人を見下す時の姿勢だ。
白抖と黒覩が密かに意思を通じ、苦笑している気配を感じて、アレクは見えないように二匹の腹部に鋭い蹴りを入れる。
黒覩が痛そうに顔を僅かだがしかめる。
「あのねぇ……この二人――つーか、二匹はね、双子なの。キョーダイなの。馬鹿だねぇ……どう見たって、二匹ともその……なに? 『神の色彩』? 銀色? を持ってるんだよ? なんでそーやって見た目で判断するのかなぁ……」
――あれ、なんかおかしい……
アレクは自分が自分であり、それでも別の存在のような感じが起こってきて首をかしげる。
あまりに近すぎる感覚で、自分なのかそうでないのか、判断することが出来ない。だが、一つ違うところを見つけ出す。
――僕は、こんなに『子供』ではない――!
なら……これは。
コノ意識ハ、僕ノ意識デハナイ……!
そう認識したとたん、目の前が真っ白になる。
「……アーク……!」
無意識に、呟く。
小さな、子供の笑い声が遠くで聞こえる。
「……駄目なんだ……僕じゃなきゃ……」
子供が拗ねたような気配が、自分の中にある。だが、それをなんとか宥める。
駄目。ここは僕の領域。君の出る領域ではない……。
どんなに拗ねても、いじけても……譲らない。
その意思が伝わったのか、アレクの中の子供は、また元の場所に戻ったようだった。
本能で……子供が誰なのか、アレクは知っていた。子供が一体誰で、何者で……どういう存在なのかを。
だから、気づかれまいと思った。
知られては、まずい。
「…………」
無言になったアレクをいぶかしむように、男が観察している。その視線に気づいて、アレクは睨みつけた。
一瞬輝いたその瞳に、男がたじろいだようだった。
「…………とにかく、この二匹をそう呼ばないで下さい」
それきり、踵を返してどこかへ去ったアレクを、二人は当惑した表情――というより、ルシファーは困ったように――そのいた場所を見ていた。
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