No.5

   アレクは一人、いつものお気に入りの場所にいた。そこは誰も来ることはないし、見つかりにくい場所でもある。

 だから、一番のお気に入りの場所。

「……もう一人の自分…………小さい頃は同じだった気がする……」

『……彼の少女は……一体……』

 白抖が一段高い木の枝に腰掛け、思案げに呟いた。ひざの裏まで届く長さの白銀の髪を、束ねずにいる。

 白抖はいつもの狼の姿ではなく、今は人の姿をしていた。二匹は昔から人気の無い場所では度々こうして人の姿に化けていた。本人たちに言わせると化けているのではなく、これも自分の本当の姿だと言い張っているが、アレクに言わせれば化けているとしか見えなかった。

 今、その誰も敵わないようなその綺麗な顔は、悩みに沈んでいた。

 アレクは彼を見上げ、苦笑した。

「『彼の少女』って、だーれ? 好きな子でもできたの?」

『否。我は謎に直面した。……主、主は何故分かれた』

 一瞬、アレクの表情が凍った。数瞬経って、何を言われたのか、やっとのことで飲み込む。

「……何かあったんだね?」

 その問いに、白抖は暫く順々とした後、口を開く。

『主、隣の村へ御出でになった事までは覚えておいでか』

「――? あぁ、あの悲しいような歌が聞こえた――」

 その時の事を思い出そうとして、その後の事をまったく覚えていない事に眉を寄せる。

 ――あの後、どうなった……? どうしたんだっけ……?

 白抖がため息をついた。

『主はそこで、その歌を聞いた途端に様子がおかしくなったのだ。そして、気を失い倒れた』

「――あー……」

 おぼろげに思い出して、悩む。――あの歌が気を失う切っ掛けになったのは確かな事。

「……で、気がついたら僕は自分の部屋にいた」

 ――そして白抖達の姿が見えないし、体中は痛いし……何がなんだか、さすがの僕も理解できなった。

 同年代の子供たちよりも大人びている、と村の人たちに言われ、自分もそれなりに同い年の子たちとは違う考え方――行動事体子供じみていないのは確かなので、並みの子供とは少し違うな、と自覚していた。けれど、あの時の事はまったく理解できなかった。何故なら、気を失っていたのならば白抖が家まで連れ帰り、気が付くまでずっと側に居てくれる筈だからだ。

 白抖が居ない。

 体中が筋肉痛のように痛む。

 感覚が狂ったようにおかしかった。

 あれは、何かが違っていたのだ。と、辛うじて結果に至る。

『……倒れたと思ったのだ。あの時は……』

 白抖がぼそり、と呟いた。

 何気なく白抖を見ると、本気で悩んでいるようだった。

『光が……そう、あの光はなんだったのだろうか……』

「…………光?」

 アレクは白抖をしっかりと見る。そして白抖の真っ青なその瞳と視線がぶつかる。

 綺麗な水の澄んだ色。アレクが好きな色のうちの一つ。

 吸い込まれそうになる程綺麗な白抖の瞳が、アレクはとても好きだ。

『主は銀髪の少女へと姿を変えた。我と黒覩は……何が起きたか、わからなんだ』

「……銀、髪? 僕の髪が、銀色になったんだね?」

 前髪の一房をつまんでみながら、アレクは言う。

「……こんな風に?」

 小さく、呟く。もう、幼い頃からずっと使わずにいた『力ある言葉』。

 銀の光が、月の光がアレクのその髪に凝縮されたように――見えた。

 長い銀の髪を揺らしながら、アレクは白抖を見上げた。

「……ごめん、ずっと黙ってた。……小さい頃は、僕はこんな風に銀の色彩を持っていたんだ」

 白抖は呆然とアレクの色彩の変わった髪を見ていた。それにアレクは苦笑する。

 やがて、その色彩も色褪せ、もとの色彩へと戻ってしまった。黒い、どこにでもあるような色彩に……。

「わかった? ……白抖達が見たその『少女』って、たぶん……僕が忘れてしまった、もう一人の僕だよ……きっとね」

 にっこりと笑いながらそう言い、しかし唐突に、予備動作も無くアレクは枝の上に立つ。白抖も"それ"に気が付き、その枝の上で待機の姿勢になる。

 ――鳥の羽ばたく、音がした。






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