No.6
羽ばたきの音がやんだ。
しばらく経って、なにも起こらないことを確認した白抖が、アレクに合図をする。その合図と共に、アレクは枝から"飛んだ"。優雅に、月の光にきらめく翼を羽ばたかせて。
大きな翼は、あり得ないことに、銀色をしていた。冴え冴えとしている月の光を夜露のように羽の先から零して。
アレクは急ぎ、母親の居る家へと向かう。
理由はわからない。
ただ、ルシファーの声が聞こえたような気がしたのだ。叫びにも似た声が……。
――母親のルシファーは、言霊使い。昔はたくさんいた、言葉の『魔力』を使う者たち。
今は月の力が弱まったのか、昔いた人数の半分にも満たなくなった言葉を扱う者たち。
アレクが子供の頃は、普通にその力を使って見せていた。ただ、その使う力も初歩的なものばかりだったし、その持つ色彩も――恐らく力を使い、違う色にしていたのだ――よくある赤茶の髪に真っ赤な瞳だった。
あり得ないことをしてのけるような無茶苦茶な人だったから、彼女が銀の色彩をまとっていたのを見ても――ショックは受けたものの、それなりに抵抗はあったけれど受け入れることはできた。あの母なら色彩をごまかしてするぐらい、平気でやるだろうことは想像できる範囲にある。
――問題は、そうする理由だ、とアレクは思う。
『巫女』の暮らしは、子を為してはならない、純潔であることは絶対である。というよく分からない変な規則はあるものの、決して不自由はしないはずである。なぜ、母はその暮らしから抜け出したいと思い――実行したのか。
なぜ、母は自分を産んだのか――。
伝説には、もう一つの別話があった。
それは――『巫女』の産み落とした子は、この世の破壊神となるだろう、――と。
それでは、自分は破壊神なのか?
それほど邪に満ちているのだろうか――?
答えは、わからない。
誰にも分かるはずは無かった。
「……お母さん」
静かにルシファーの眠っている筈の寝室の戸を開いた。
中は暗い。ランプの火は消してあるようだった。
そっとアレクは寝台に近づく。この時間からルシファーが眠っているとは、とてもではないが考えつかない。普段はもっと夜遅くまで起きているのだから。
だが、ルシファーは寝台の中に横たわっていた。
「……お母さん?」
寝台の横に立ち、その肩に触れる。
――ッ!
とっさにアレクは手を引いた。恐る恐る指先を見る。
……黒い。
バッと布団をめくり上げる。
「――お母さんっ!?」
ルシファーは、自らの血で染まった服を纏い事切れていた。
折れた剣を胸に刺されて。
アレクは一人で、何も言わずにルシファーの身体を拭いていた。血の汚れをさっき落としきったばかりだ。だが、もう一度拭いて綺麗にしたかった。
真っ白なドレス。ルシファーの衣装棚の奥に仕舞ってあったそれをアレクは引っ張り出して来てルシファーに着せた。それから綺麗な銀の髪をかるく三つ編みにして、手を胸の上で組ませてからその横に髪を置く。
初めて近くで見たルシファーの銀の髪は、とても綺麗だった。
「この度はご愁傷さまで……」
この前ルシファーに会いに来ていたあの男が部屋に入ってきても、アレクは顔も上げずにただ母親の顔を見ていた。
「……何をしに来たの」
「『巫女』の葬儀をこんな辺鄙な場所でやるわけにはいきませんので」
男はそう言うと、ルシファーの身体に手を伸ばした。
――パチンッ
アレクは無意識に、その手を叩き落としていた。
二人は、無言のままその夜を過ごした。
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