No.7
ルシファーの身体は、もう無い。ゲオラと名乗ったあの男が持っていってしまったから。
この村の者たちは、誰もアレクに味方をしなかった。ただ一人、フィルリーを除いて。
「……あなたの面倒は、私のお父さんがみる事になったわ」
「僕が本当にお母さんの子供なのか、分からないから?」
「アレク……」
ルシファーの遺体と共に都へ行くと言ったアレクは、『神殿』の使者たちに「あなたが『巫女』の御子であるはずが無い。『巫女』は子を生さないのだから。ゆえにあなたを『巫女』の御子として連れて行くわけにはいかない」とはっきりと言われてしまった。
母親の葬儀に出る事が出来ない。アレクはとても悔しかった。でも、アレクは自分が母の子だと証明する事が出来なかった。ルシファーが死んで以来、『言霊』を使う事が全く出来なくなっていたのだ。
「僕が……お母さんの子だって、証明できれば良かったのに……」
アレクはこの村で産まれた。その時ルシファーの出産を手伝ってくれた姥は、もうこの村に居なかった。生きていれば六〇を過ぎる年齢だ。生きている可能性は低かった。
「……僕、この村を出ようと思ってる」
「な、なに言い出すの、アレク!?」
「この村に僕が要る理由は無くなったから……僕は出て行くよ」
緩慢な動きで彼女は立ち上がると、フィルリーの方を見ずに森へと向かった。後ろでフィルリーが何かを叫んでいたが、彼女にはもう聞こえなかった。
二匹の巨狼が、アレクの元に走り寄る。二匹はフィルリーを見て、アレクの後をついて行った。
後ろで、フィルリーが叫んでいる。
「――お婆さんが、アレクを尋ねて来てるって――聞いてるっ!? アレクぅーっ」
アレクの足が止まった。そして、振り返る。
見覚えのある老人が、フィルリーの隣に立っていた。
「元気そうで何よりでございます……」
「貴方は……ヒラルさん」
老女は嬉しそうに笑いながらアレクの手を握った。
ここはフィルリーの実家、つまりこの村の村長の家だ。その居間に、村長を始め数人の村の中心的な人物と、フィルリーが集まっていた。
「お嬢様、ヒラル・ライザと呼び捨てで結構でございますよ」
「……でも、僕はこっちの方が好きだから」
ならご自由に――。ヒラル・ライザは、優しく微笑みながらそう言った。
彼女こそが、ルシファーの出産の際にアレクを取り上げた姥その人だ。彼女はルシファーの訃報を聞き、急ぎこの村へと戻って来たと言った。
「母上様の事は、大変残念でございました……よもやあの御方が凶刃に倒れるなど、思いもいたしませんでした」
「いえ……予想はしていました。……これで、母の魂は月に生け贄として捧げられてしまった」
アレクがなにより悲しかったのは、その事だけだった。月へ昇った魂は甦る事無く、永遠に近い時間をただ力を奪われ続けながら生きる。
アレクがそれを知ったのは、ルシファーの魂が月へと昇るその一瞬の時だった。今も尚、『巫女』たちの魂は死に近い苦痛を受けながらも生き続けていた。
アレクはルシファーをそんな目に合わせたくなかった。この鎖は、裁ち切らねばならない。
「都の連中はお嬢様をあの御方の御子とは思わなかったようですね。それだけは救いでしょう……」
「……そうでしょうか。僕は、都に向かおうと思っています」
アレクははっきりと、そう言った。都に向かう。自分の父を知るために。魔物を消すために。
そして――母を月へと送った神殿に復讐をする為に。
ヒラル・ライザはその言葉に本気を感じ取り、「お気をつけて」と一言だけ言った。
「――待ちなさい。アレク」
「止めても無駄ですよ、村長。私に勝てる者など、居ないのだから」
アレクが戸を開くと、そこには巨狼が主を待っていた。二匹は互いに頷きあうと、黒覩が人の姿になった。アレクの後を追って出て来た大人たちが、それを目の当たりにして腰を抜かした。
【主、向かうか】
「あぁ。頼んだよ、白抖、黒覩」
黒覩は頷くとその姿を消した。それにまた大人たちは――いや、その場に居たアレク以外の者はそろって情けない顔をしてアレク達から遠く離れた。白抖は姿を変えずにただその場で主からの指示を待っている。
アレクは白抖の首筋を撫で、その背に飛び乗った。
「ヒラルさん、貴女は良い人だ。貴女の魂に祝福のあらん事を」
アレクは短くそう言うと、白抖の首を軽く叩いた。白抖はその合図と共に駆け出した。
彼女達の姿は、すぐに見えなくなった。
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