ハァ…ったく、エライ1日だ…

リフティングを続けながらボーっと今日の事を考えた。

何だか今日だけで一週間分の体力と気力を使ってしまったように感じる。

無邪気なのは結構なんだが人目を気にせずにベタベタしてくるのはどうにかならないものか…

「オッス、色男」

横から現れた雄治がすれ違いざまにボールを奪った。

「やかましい」

「おいおい、これでも祝福してるんだぞ」

そう言えばさっき、教室に居なかったな。

まだこいつ、朝美の事彼女だと思ってるのか……

「あのな、俺と朝美はそう言う関係じゃなくて……」

「おーい、集合!」

練習試合の時間になったようだ。

俺と雄治は話を中断して集まる。

話す機会をまた逃してしまった……まあ帰りにでも話すか。



(なあなあ…あそこの子見てみろよ)

(……ん?)

試合終了間際、ボールが前線に来るのを待っていた最中、近くの選手の会話が聞こえて来た。

(可愛いな〜)

(お前もそう思うか?)

(ああ、でもあんまり見かけない顔だな)

(今日一年に転入してきた子ってあの子じゃないか?)

まさかと思ったと同時に俺は話の対象の方へ目を向けた。

……やっぱり朝美だ。あいつ、あんな所で何やってるんだ?

「おーい吉村!」

「え?あ、やばっ!」

気付けば目の前に自陣からのクリアボールがフリースペースに飛んでいた。

俺は即座に捕球に走った。

完全な流れ弾らしく、敵陣に人は少ない。完全なカウンターだ。

さっきまで朝美に鼻の下を伸ばしていたやつらもヤバイと感じ、弾かれた様に守備位置に走った。

「――――よし!」

これがチャンスと思い、俺は一気に加速した。

スピードに乗り、俺はディフェンダーを一人、二人と交わしていく。

自慢じゃないがキープ力には自信がある。

一対一ならまず取られることは無い。

「きゃー!凄い凄い!」

朝美も俺のプレイに感激して飛び跳ねている。

へへ…兄として格好良い所見せるチャンスかな、これって?

ペナルティエリアに入るとキーパーも飛び出してきた。

その瞬間、チョンとボールを右にはたく。

正面に飛び出したキーパーは突如方向を変えたボールに手が届かない。

心の中でガッツポーズを決め、俺は無人のゴールに向け、右足に渾身の力を込めて構えた。

「いっけー!和斗ーっ!!」

「ぶっ!!??」

あいつ!『お兄ちゃんって呼ぶな』って言ったら呼び捨てにしやがった!!!

「あっ!!!」

驚いてタイミングがずれた。

しかし、もう足は止まらなかった。



試合終了直後、俺は全員に囲まれた。

「さて吉村、話してもらおうか?」

「……は?」

「さっき応援していたあの子だよ、知らないとは言わせないぞ」

「やだなあキャプテン『これ』っすよ『これ』」

雄治が小指を立てると仲間がどよめき出す。

そしてキャプテンは何故か額に青筋が立っていた。

そう言えばキャプテンにも彼女は居なかったような気が…

「吉村……お前女の子が苦手とか言ってやることやってるな…」

「お……お前だけは信じてたのに…裏切り者〜!」

彼女の居ない面々(て言うかほとんど)が好き放題言い出した。

「ちょっと待て雄治!違うんだって!」

急いでこの勘違い野郎を取り押さえる。

「何が違うんだよ?」

「あいつはそんなんじゃなくて……」

その時、朝美がグイッと俺を輪の外に引っ張り出した。

「……和斗〜!早く帰ろうよ〜!」

のん気な声が俺の言葉を止めた。

「既に名前呼びかよ」

「しかも一緒に帰ってるんだな」

「えっ、えっ!?」

状況を飲み込めていない妹は更に言う。

「お父さんもお母さんも待ってるからあんまり遅くなっちゃダメでしょ?」

「「「……お義父さん?お義母さん?」」」

「字が違う!!!」

間の悪いとはこう言う事を言うのだろうか、朝美の一言一言が悪い解釈に持っていかれる。

「あ、それとも夕食、私が作ってあげようか?」

それはまさしく、とどめの一言だった。

「「……同棲!?」」

「「「そして両親公認!?」」」

彼女居ない組が俺を中心に集まる。

それはリンチの時、輪になって取り囲んでいる状態とも言う。

「吉村…」

先頭のキャプテンが俺の肩に優しく手を置いた。

「キャプテン…?」

「制裁を加える」

「ぎゃーっ!!!」



「いやー、悪い悪い」

無責任にキャプテンが笑った。

「いやそうか、妹ね。そりゃそうか、吉村にこんな可愛い彼女が出来るはず無いもんな」

「どう言う意味ですか」

あの後、朝美が止めてくれなかったら俺はこの世に存在している自信が無かった。

ああ、生きているって素晴らしい…

「それじゃ二人は正真正銘の兄妹ってことか…」

「まあ…そうみたいです。親もそう言ってるし」

「それじゃ何で朝美ちゃんは和斗のこと呼び捨てにしてたんだ?」

キャプテン…嫌な所ツッコミますね。

「それはさっき、『お兄ちゃんって呼ぶな』って言われちゃって……」

「ハッハッハ!朝美ちゃん、それはね、いきなり『お兄ちゃん』なんて言われて照れてるんだよ」

「キャプテン!俺は照れてなんか……」

「ほらムキになった」

「…………」

駄目だ…今何を言っても逆手に取られかねない……

「いきなりこんな可愛い子が妹になればそりゃ誰だって戸惑うさ。ましてお前は女の子が苦手と来てる」

「……そうなの和斗?」

「……お兄ちゃんで良い…」

むしろこのまま呼び捨てにされ続ける方が困る……

「まっ、すぐに慣れるわけは無いんだ、その内兄妹らしくなってくよ」

「ひ…人事だと思って〜」

「人事だもんな」

複雑な心境の俺達の周りでキャプテンや雄治は冷やかすように笑っていた。

だんだんムカついてきたので取り敢えず雄治にはヘッドロックをかましておいた。



「レギュラー、選ばれると良いね」

朝美が俺の少し前に飛び出してこちらを振り向いた。

「でもなぁ…あれがあるから……」

あれと言うのはもちろん試合終了直前に放った俺のシュート。

タイミングを外したシュートは右に逸れ、ポストに当たって跳ね返ってしまった。

幸い、後ろに積めていたキャプテンがそのボールを蹴り込んでくれたが……

「下手すりゃ決定力不足で落とされるかも…」

妙な不安と焦りが出てきた。

「でも仕方ないよ、後は祈ろうよ」

その原因となった存在が無責任に言うなよ…

「…ねえ、お兄ちゃん」

「何だ?」

「日曜日、一緒に買い物行かない?」

「……は?」

「……ダメかなぁ?」

そ、そんな潤んだ目で上目遣いされても…

「あ、ああ。良いけど」

断れないだろ……



「お兄ちゃん、あそこ入ってみようよ!」

「あ、ああ」

そして休日、俺は朝美と街に繰り出した。

「ねえ、これ似合うかな?」

「に、似合ってるんじゃないか?」

「エヘ♪じゃあ買っちゃおう」

考えてみれば妹とは言え、事実上人生の初デートになる。

はしゃぎまくる妹とは対照的にどうしたら良いかわからず、ぎこちない対応しか出来ない。

ああ、何か店員さんが俺達を見て微笑んでる。

やっぱカップルに見えるのだろうか…

「…………」

だあああーっ、何考えてるんだ俺!

妹だぞ妹!ただショッピングに付き合ってるだけだぞ俺!

「そう、これはデートじゃ…」

「デートがどうかしたの、お兄ちゃん?」

「わーっ!」

い、いつの間に後ろに!?

「そっか…これ、考えたらデートかも」

朝美の顔がみるみる赤くなっていく。

「い、行くぞ!」

つられて赤くなってしまった自分の顔を見せないように俺は店から出た。

「あ、待ってお兄ちゃん!」

「うっ…」

追いついた朝美は問答無用で腕にしがみつく。

お陰で歩いている間は恥ずかしさと相俟って一時も落ちつくことが出来なかった。




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